沈 黙




 音がする。
 さらさらさら、と何かが涼やかに流れる音だ。
 それに伴って周囲がわずかに、わずかに変化する。

 それは足元を形作る確かな大地の一部であったり、気まぐれに描く風の文様であったり。
 視界の下半分以上は立ち上る熱気で歪んで揺らぐ。
 まるでそこに正しいものなど何も存在しないのだと主張するかのように。

 灼熱の地。
 うねる地。

 なのに音がする。
 さらさらさら、と涼やかな音がする。

 じっと立っていることに、焦燥を感じる程に、降り注ぐ日差しは強烈だ。
 痛い。
 …生きたまま焼かれる。
 それを体感しているのだと、ジリジリと痛む皮膚が現実を訴える。
 だがそれが現実なのかと何故か疑いたくなるのは何故なのか。
 息をするだけで肺が悲鳴をあげる。
 熱い。
 内側が焼けていく。
 焼け爛れていく。

 熱以外存在しないのではとしか思えぬ場所は、しかし熱だけのものではなかった。
 見たこともない鮮やかな青が占める空の色と、黄金に輝く砂が広がる世界。
 それだけの色が埋め尽くす世界でもあった。

 そして刻一刻と角度を変える、たった一つの熱の塊、太陽の支配する世界。

 その支配も黄昏れる。
 全てのものに終焉はあるのだというように。
 ギラギラと黄金もかくやと思える輝きと痛みに満ちた世界は、時と共に眩しさを弱めていく。
 眩しい輝きがなりを潜め、かわって黄味を増した光が今度は空気を染め変えようとする。

 ねっとりとした色。
 動けばその色が軌線を形作りそうな、密度のある色。
 全てのものが、色に埋まり…蜜に閉じこめられたかのようになる。

 その中をやはり音がする。
 さらさらさらと、涼やかな音がする。

 それだけがかわらず、しかし位置を変えつつ、途切れない。

 ふと、何かが動いた。
 何もないはずだと感じていた。
 だが、何かがいる。

 さささささ。
 流れる音が不自然に辺りに割り込み、世界がはっとしたかのように沈黙を迎えた。

 静寂。
 静寂。
 痛い……静寂。

 次の瞬間、世界を轟かす音が遠くで生まれた。

 静かな世界がビリビリと震え、ささやかな音が死滅する。

 何かが、ゆうるりと動いた。
 風が吹いたのかと思えるような、そんな動きだった。
 だが、違う。風はない。そして動くものもいないはずだ。
 なのにそれは動く。
      人。
 それは人なのかもしれない。

 俯いていた顔が上がり、ゆっくりとそれは腰を下ろす。
 腰だめに沈んだ躰は、それでも安定感を失わない。

 まとわりつくような密度の高い黄昏の世界で、それでも辺りの空気を動かさぬように、それは滑らかに動いた。
 腰にある一刀に向かう腕。
 揺らいだ中でシャラリとこの世界にはあり得ぬ高い澄んだ音が響く。
 それに併せて光りを弾く耳許の黄金。
 
 死滅した世界に、不自然な音。
 なのに美しい音。

 遠くから唸りが来る。
 次第に大きくなる唸りは、巨大などす黒いイメージを持たせて近づいてくる。

 男の目がカッと見開かれた。
 睨み据えるそれは、一切を許さず、一切を認めず、一切を切断する。

 ぐわり、と風もなにもないのに、男の周囲が揺らいだ。
 立ち上る何かに、大地が感応する。

 しゃらしゃらしゃら、と流れ出す足元の地の砂。
 見えないはずなのに、けぶるそれは、陽炎のよう。

 黄昏に男が構える。

 修羅の眼が一点を見据えていく。

 密なる世界に飛来する唸りに、静かな闘気が迎え撃つ。


 『沈黙』が生まれる、それは1秒前        




終了(2007.11.11)

roro20071111.jpg




 2007年ゾロ誕 『WILD GUYS』miharu様へ捧げた一品
 miharu様宅2周年併せておめでとうございます。
 miharuさんのすんばらしいゾロの絵に合わせてイメージを綴ったFor Word
 深く考えず、ただその雰囲気だけでお楽しみ下さい…というか、そっとしてて…orz
 この絵にこの駄文では役不足と重々承知しておりますから!
 miharuさん、ありがとうございました!



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