遠くて近い現実〜日常雑話〜




 ゾロが退院してゼフ宅に来たのは、3月も初旬。
 2月の寒さを引きずって、その年はいつまでも寒さが身に染みる遅い春の月だった。
 小さな躰に見合わぬ荷物を背負ってやってきたゾロを、真っ先に迎えたのはサンジだった。
 ドアを開けた瞬間、小さな少年はほんの少し目を丸くしてサンジを見上げた。ずっとゾロの入院中の世話などを率先してやっていたサンジである。お互いにはとうに慣れた気分でいたのだが、こうやって、生活する場となる玄関で迎えるとなんともいえない感慨があった。
「…よう、来たな小僧」
 そんな気分を払拭しようと、ニヒルに構えて上からそう告げると、見上げた少年はニッと目を細めた。
 ただ澄んだ眼は真っ直ぐにサンジを捕らえ、攻め入るような視線だった。
「世話になるぜ、グル眉」
 そのまま喧嘩に突入しそうになったのを止めたのは、勿論後からついてきていたゼフだ。
 盛大なため息と蹴りを、彼にしてみれば子供二人にお見舞いし、そうしてゾロの出迎えは完了したのだった。


 ゾロがゼフ宅に来てからの2週間は、3人での生活となった。ゼフも同居していたのだ。
 とっくにゼフ自身は仕事場であり、他のコック達の住居でもあるマンションの一室に引っ越しは済ませていた。だが、やはり最初からサンジとゾロの二人だけの生活には不安もあったのだろう。様子見を兼ねてということだったのだが、それは体の良い言い訳で、ゼフは少しでもいいからゾロと暮らしてみたかったのだろう、というのがサンジの読みだ。
 実際どこの好々爺かとサンジがこっそり舌を出す程には、ゼフはゾロの様子を見守り、伺っては口の端に登る笑いを噛み殺して奇妙な表情になっているのを見かけまくった。
 実は、サンジが小さい頃はもっと凄かったのを覚えていたバラティエのコック達は、サンジがそれをぼやくように、また楽しそうに話するのを苦笑しながら聞いていたりしたのだが、それはまた別の話。
 一週間が過ぎた頃、ゼフはゾロに小さなプレゼントを渡した。
 あのゼフが何をプレゼントするのかと、驚いて包みを開けとゾロを脅したサンジをご丁寧にゼフは蹴り飛ばし。それでもゼフはここで開いていいか? と問うゾロに否定はしなかった。
 ゆっくり頷くゼフの了解を得ると、ゾロは包みを存外丁寧に解こうとした。
 それはどこかおっかなびっくりに開けているようにも見えて、サンジは吹き出した。
「お前見かけによらず、妙な所で律儀だよな!」
 続けて爆笑するサンジに、ゾロは憮然と
「うるせぇ! こういうのもらったことねぇんだから、仕方ないだろう!」
 叫んで応酬しつつ、包みを開いた。
 透明なビニールに包まれて、そこに入っていたのは、枕くらいの大きさの真っ白な『アヒル』だった。
 しかも、枕にしてはまったく厚みがない。
「ああ、枕カバー!」
 ポンと手を叩いたサンジだったが、それにしては、四角くない。カバーなら、わざわざ『アヒル』の形はしなくてもよさそうなものだと思う。
 暫くしげしげと見入っていたゾロは、あっ、と声を上げるとバタバタと部屋へと走りだした。部屋に突入するように入ると、なにやらゴソゴソと引っかき回す音をさせて、今度は急いで片腕でラグビーボールでも抱えるようにして何かを持って駆け戻ってくる。
 腕に持っているのは、銀色のやはり大人用の枕のような形をした………。
「あ…?」
「これのカバーだろ! ジイさん!」
 嬉々として両手で掲げ持ってみせたのは、昔の大人が使う、それこそ銀色の鉄の『湯たんぽ』。
 今、そっとブームになっているというのは知っているが、ゾロが持っているのは随分と使い古された感じがある代物だ。
 しかもやや重そうにもっている所を見ると、それは中身、要するに冷めたお湯か何かが入ってることを想像させる。
「……湯たんぽ…カバー?」
「よくわかったな、小僧」
 それをまた面白そうにゼフは見て、ゾロの頭に手なんか置いておいたりしている。
 ゼフはゾロと一緒に寝起きをしていた。元々ゼフの部屋はサンジが使い、サンジが使っていた部屋をゾロが使っているからだったのだが、その間二人には、色々なやりとりがあったらしい。
 呆然としている、サンジに、ゾロはおう!と胸を張り、興味津々にカバーを開けて湯たんぽを中に入れてみては、厚みの出た『アヒル中身入り』をしげしげと見回したりしている。
 それは…小さい子供が珍しいおもちゃをどうやって扱うのかと、しげしげと見入っているようにも見えて、思わずサンジの口元が綻ぶ。
 ふと見れば、ゼフの口元も同じように綻んでいる。
 ゾロはゼフを見上げると、アヒルを小脇に抱え、
「ありがとう!」
 ときちんと礼を言うと、さっそくお湯を入れようと思ったのか台所に走っていく。
 慌ててその後をついて行こうとしたサンジは、ゼフに呼び止められて、わずかに足を止めた。
「…寝る時に来てみろ、見物だぞ」
 どこにとは、言わずもがなだ。
 にやっと笑ったサンジは、その夜、ゼフが帰った時に便乗するようにゾロの部屋へと足を踏み入れた。
 人の気配に、目を開けたゾロはそこにゼフを見つけると
「おかえり…ジイさん」
 と律儀に返して、「寝てろ」という一言をもらうと、コテンと布団に頭を落とした。
 ドア付近でゾロの視界からは外れていたのだろう、サンジに気付かなかったことに、少しだけ不満を感じつつもそっとゾロのベットに近づいたサンジは、吹き出しそうになった口元を慌てて両手で押さえた。

 まだ肌寒いというよりも寒い空気の中、それでも暑いのか布団という布団を豪快に蹴っ飛ばした少年は、それでも白いアヒルを腹に抱え横向きに寝ている。
 しかも白いアヒルは少年と同じ髪の色をした、それはそれは見事な毛糸の腹巻きの上に鎮座ましましているではないか。
 か…かわいい…と言えなくもない。言えなくもないが…
 これは、むしろ…。

 ぶふーっ!
 と堪えきれずに吹き出したサンジは、部屋を飛び出し、居間で盛大に笑い転げた。
 緑の小僧は緑の腹巻きに白いアヒルを抱えて、爆睡モード。
 それをコーディネートしたゼフにも脱帽しつつ、しかし、可愛かった! と思い直して写メを! と部屋にとって返そうとしたサンジは、思い切りゼフに閉め出しをくらって、翌日独り占めはねぇだろう! と朝から喧嘩しているのを不思議そうにゾロに見られたという。


 随分と時間がたって後。
 別名、アヒル、と命名されていた、まったく別のモノを抱えて眠ることになるゾロの、それはちょっとした幼い日の出来事だったりしたのだった。




終了(09.1.30)




『こうかい日誌』に書き逃げしていた話です。この話に、『WILD GUYS』のmiharuさんが挿絵を付けてくれました!
ありがとうございます! 元々のネタもmiharuさんとの話からでしたし、なによりも可愛かったので!(笑) 許可をもらって飾らせてもらいました。
私の話よりも、可愛いコゾロをご堪能ください。
ありがとうございました。



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