しゃぺくりゾ論




 新世界にも島はあり、そこで生活している人々はいる。
 何も新世界は特別な場所というわけではない。特別なのは海であり、島から外に出ない人にはそれは関係ないことだ。
 分かっていても、海を乗り越えて進む人々には新世界は特別だ。
 何せ人が住めない島や、特殊な環境になっている島が多すぎるからだ。
 急ぎ旅の途中とはいえ、思わぬ珍客を招いたサニー号でも生活は存在する。どんな所でも生きて行けると自負している面々も、食料がなくては成り立たない。
 食料はそれなりに備蓄していたとはいえ、四人もの客が入れば計算が違ってくるのは当然のこと。
 補給できる島を探しつつの進行をロー達とも相談しながら、悪天候をものともせずに航海すること数日で、運が良いことに小さな島に辿り着いた。

 そこは小さいながらも集落が点在する島で、基本畜産を主にしている島だった。
 停泊するにしても、ログの関係もある。なんにしろ、買い出しだけが目的でもあるので、冒険に飛び出しそうなルフィをそれこそ力技でローにも協力してもらいつつ押さえ、サンジとチョッパーが急いで買い出しに走っていた。
 半日もかからず、大量の食材と薬草をそれなりに抱えて戻って来た二人は、停泊している船に戻った瞬間目を見開いた。
 船のマストのベンチに腰掛け、少し身を乗り出すようにして前屈みになったゾロを中心に、半円を描くようにクルー達にみならず捕虜のシーザーまでもが座り込んでいる。芝生に直座りで銘々くつろいだ姿勢ながらも食い入るように話を聞いている姿は、ちょっと不思議な光景だ。
「そうだな。でもそうじゃないわけだ。つまりだな、あの男が言いたかったのは別のことだっんだよ。それが分かった時には、もうその男はいなくなっていて、もう大騒動。村は大混乱に陥ってるし、たまたまそこにいただけだったはずなのに、おれは村から一歩も出られなくなってて困ったのなんの」
「それは迷子じゃねぇのかよ?」
「迷子じゃねぇ!物理的に外に出られなくなってたんだよ!」
「物理的にとは?」
「村の外に出るには、海へと続く道が一本しかなかった。しかも山肌に縫うように作られた道が、見事に抉られたように消えてて道が消失してたんだよ。なんの冗談かと思ったぜ。結局言い伝えがどうこうよりも、それからその道を作るのにどんだけ手がかかったかって話で、おれは結局元来た道を戻るしかなくなったわけだ。そうしたら」
「まだなんかあるのでござるか!」
「それがなんかの因果なんだろうな。いたんだよ、あの男が」
 おおお、と全員から声があがる。
 ナミとウソップがギュッと手を握っている。珍しくナミまでもが興奮したように聞き入っている。
 蕩々と話をするゾロに、戻って来たサンジとチョッパーのことにも気付かず、全員が固唾を飲んで聞き入っている。

 ぐすん、とチョッパーが鼻を鳴らした。
 それをサンジは自分もきつく唇を噛みしめながらも、慰めるようにポンポンと優しく帽子の上から叩いてやる。
「…なんで今なんだよぅ…」
 もはや涙目のチョッパーに、サンジとて同意だ。
 ローも錦えもんもモモの助、そしてシーザーまでもが初めてのはずなのに、当然のように聞き入っているのはゾロの話だ。
 ローなどあまり興味なさそうなフリをしながらも、しっかりと話を聞いてるのが遠くからなら良く分かる。
「泣くな、チョッパー」
「でもサンジぃ…新世界に入って…初だったんだよ!? ううぅ」
 泣きたいのはこちらだ、とサンジは思った。
 いつもいつもいつも。
 何故あの男は、自分が席を外したタイミングでこんな状態になるのだろう。

      という話だったわけだ。まあ、これのせいで、また後日あれこれあったわけだけど、そりゃあんまり関係ないことだから割愛だ」
「うおおおお、すっごい面白かったでござる! すごいでござるーっ!」
 飛び上がったモモの助が、錦えもんの横ではしゃいでいる。
 ナミもはぁ、と満足気な溜息をつき、ロビンまでもがとても充実した表情で優しい笑顔を浮かべていた。フランキーはウソップと今の話のあれこれをまるで機関銃のように話だし、一気に船上が賑やかになった。
 一通り話をしたからだろう。けほ、と小さく咳をしたゾロは、口を引き結んでいつもの仏頂面に戻っている。
 ゾロがこの表情に戻ったら、終わりだ。
 終わりの場面だけは、何度も目にしているから知っているのだ。
「あ、サンジさんではないですか。チョッパーさんも、お帰りなさいませ。無事にお買い物はお済みになりましたか? ヨホホホホホ」
 めざとく見つけたブルックが声を上げたので、全員がこちらを見た。
 涙目のチョッパーに、はっ、とウソップ達が慌てる。
「あ、チョッパーにサンジ、お帰り。いやぁ、ご苦労様。えーっと荷物は下か? 早く引き上げなきゃな、うんうん」
「ああ、そうよね。うん、早く出航しなきゃ。ご苦労様、チョッパーにサンジくん。一休みしてて!後はこっちがするから。ほらぁ、早く買い出し品引き上げて!引き上げて!」
 大慌てで動き出す面々の中で、ゾロはマストにもたれ掛かると目を閉じている。
 既に眠ろうとする態勢だ。
「ごめんなさいね。買い出しに行ってくれてる貴方達には悪かったと思うんだけど…」
 少しだけ困ったようにロビンが言えば、チョッパーは涙目のままゾロの傍に駆け寄った。
 身動きできないサンジは、そんなチョッパーを見送るしかできない。
「ゾロのバカー! なんで今なんだよー!」
 足に小さく蹄で蹴りを入れてくる船医に、ゾロは少しだけ困惑したような顔を見せて、その帽子をポンポンとさっきサンジがしたように叩く。
「…コックさんも…」
 さすがにロビンは硬直しているサンジには声を掛けづらかったらしい。
 犬猿の仲のようでいて、実はサンジがゾロのことをとても大事にしていることは理解している。
 しかし、ここまで来ると、ことこの事に関してのゾロとサンジは相性最悪なのではないかという気がしてくる。
「気を落とさないで。きっと次があるわ」
「あ…ああ、そうだね…うん、そうだよね…ありがとね、ロビンちゃん…」
 力なく俯くサンジの身体が小刻みに震え出す。
 そう言われるのも何度目だろうか。
 ふと、サンジはツラツラと二年前から今までのことを走馬燈のように思い出した。

 ゾロは無口ではない。
 けれど、お喋りでもない。必要なことは行動で示す方が得意なくらいで、大概はクルーの話を聞いている印象の方が強い。
 実際その通りだし、突っ込みはよくするが、話を進んでするタイプではなかった。
 しかし。
 その普通を覆す瞬間が存在した。
 なんの拍子なのかは分からない。ただ、ある時突然。しかも脈略もなく。
 ゾロは凄まじいお喋りになることがあったのだ。
 しかもそれが、お喋りの範疇からはみ出して、見事な語り手になるのだから恐ろしい。
 それこそ伝聞から自分の体験まで。ありとあらゆることを、とにかく興味深く面白く、かつ、引き込むようにしゃべり出して止まらなくなる事が、ごく希にあるのだ。
 その頻度が本当に希なだけに、一番最初にそれに出くわした時には、船上は狂躁状態になった。
 こいつ何話出した!? と驚きつつ、あまりの話の面白さに、全員船を操作するのも忘れてゾロの話に聞き入ってしまい、ログを外れて後から大変な目にあったりしたのだ。
 その最初の一回は、サンジも聞いた。
 はっきりいって、すげー!! とちょっとマリモを見直した。
 しかし次はなかなか現れず、新しく仲間に加わったチョッパーが来て随分と時間が過ぎた頃、2回目があったらしい。
 らしいというのは、丁度自分がその場にいなかったからだ。
 その後、ロビンが加わった時に比較的早くゾロのスイッチが一度入った。
 ロビンまでもが、剣士さんの話を聞きたいわ、と何度か口にしたくらい、その時のゾロの話は興味深かったらしい。
 らしいとまたしても言うのは、空島でだったからだ。ロビンとゾロが二人で行動していた時にスイッチが入ったらしい。
 おのれ憎きマリモめ。
 と別の意味でも恨み千万になっても不思議ではないだろう。
 空島の辺りのそのロビンとゾロの話のあたりから、サンジはゾロといつしかのっぴきならない関係になってしまった。色々あって、自分がどうやらそういう意味で、ゾロのことを意識していると気付いてしまったのも原因だ。
 空島で二人が仲良くしていたらしいことに、嫉妬してしまったのが切欠というのも辛い。
 しかもその嫉妬を、最初はゾロが話をしたことだと思ってしまっていたのが更に痛い。
 結局喧嘩しまくって、うっかり告白してしまってみたら、ゾロもまったく同じように自分のことを考えていたことが分かって、晴れてそういう関係になってしまったことは、今考えても極悪だと思う。
 普通を返せと言いたくなるが、自業自得でもあるので、横に置く。
 しかし、どんなに二人で過ごす時間を手に入れても、ゾロのスイッチが入ることはなかった。
 こと、このゾロのお喋りに関してだけは、何故かことごとくサンジがいない時にスイッチが入ることが多いのだ。

 サンジはゾロの話が大好きだった。
 話芸という言葉があるが、ゾロの話はそれに近いと思う。
 起承転結がしっかりしていて、しかも語り口にリズムもあり、それがあの声で蕩々と語られると、そりゃもう聞き入らずにはいられないのだ。
 なのに、この所行はなんとする。
 滅多にない娯楽を聞き損ねたチョッパーが涙目になるのも頷ける。
 チョッパーはゾロの足をぽかぽかと今度は叩きながら、おれにも話をしてくれと催促しているが、一旦スイッチが切れたゾロには通用しない。
「次は絶対おれがいる所でだからな、絶対だからな!」
 悔しげに言い募るチョッパーを、困ったようにヨシヨシと無言であやす男は、暫く喋りもしないだろう。
 それも経験で知っているから、サンジは俯く。
 胸ポケットから煙草を取り出し、軽く叩いて一本引き抜くと口に咥える。
 同じポケットに忍ばせていたライターから火をもらい、大きく紫煙を吐き出し、サンジはゆっくりとゾロの前に立った。
 そうして、チョッパーを抱き上げると、キッとゾロを見据え、
「お前には、愛を感じねぇっ!」
 と叫ぶやいなや、電光石火で振り上げた足でゾロを蹴り沈めると、二人して脱兎のごとくキッチンへと駆けていった。

 それを見送ったローは呆れたように肩を竦めて、適当な場所に腰を下ろしてくつろぎ出す。シーザーはフランキーに縛りなおされてその辺りに転がされてるいる。
 沈められたゾロの元には、ナミとブルックが気の毒げに近寄り、あーあ、と声を出した。
「あんたも不器用よねぇ」
「…サンジさんは気付いていらっしゃらないんでしょうか」
 憮然とした表情で起き上がったゾロは、ふんっ、と腕を組んでベンチに座り直す。
 片目が二人をめねつけ、視線で問う。
「ひとしきり話したら、喋らなくなるのもどうかと思うけど。あんたのそのお喋り、サンジくんと付き合い出してからは法則があるのよ。気付いてる?」
 ナミが心底しょうがない、と思っていることを隠さずに首を振れば、うんうんとブルックが頷いた。
「私もすぐに気付いたんですが。ひょっとしてゾロさん、ご自分ではお気づきではなかったので?」
 骨をカクカクならしながら、ブルックは指を一本立ててゾロの顔面に迫った。
「ゾロさん、貴方、サンジさんがいない時にスイッチが入るんですよね」
「しかも、今回なんて、再会して初ちょっとサンジくんがいなくなったらスイッチ入ってまぁ…」
「分かりやすいというか、なんというか。私、感動しました。愛ですね、愛」
 ブルックに押されて引き気味に目を見開いたゾロに向かって、ナミはニヒヒと笑ってこちらも人差し指を立てた。
「サンジくんいなくて、寂しいからって、スイッチはいっちゃうのよねー、誰かさんは」
 その指をちっちっちっと左右に振ってみせれば、ヨホホホホ〜と背を反らせて高らかな笑いが響き渡る。

 頭を抱えたゾロに、笑ってナミが上を見るように促す。 
 それに無言で従って上を見たゾロは、そこに真っ赤になってこちらを見下ろすこの船のコックを見つけて、硬直した。

「楽しかったから、お礼よー!」
 笑い声がそう告げる中、呆れ全開の客人達を余所に、サンジがゾロの元に飛び降りてきたのはその直後だった。


終了(13.9.20初出し 改訂14.1.1)




 試験的にこんなゾロどうだろう…と思って書いた代物でしたが、びっくりするくらい反応良くてびっくりしました(笑)
 ついでにこのサンジの問題はなんにも解決していないことに、果たして誰が気付いているのだろうか…。
 新年一発目のご挨拶代わりに。



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