真夏の酔園




 海を渡るのは何も海賊船や海軍だけと決まったわけではない。
 それはグランドラインと呼ばれる海でも当然のこと。
 どんなに恐ろしく巨大な生物と異常な天候が支配する海であっても、それが日常となれば普通と呼ばれるものになる。近い島々からなる場所であれば、島から島に渡る連絡船というものもある。旅行を目的とした客船も普通に存在するし、漁業を行う為に遠泳する船だっている。貿易の為に、海賊より張り切って海を渡る猛者達だって存在する。
 それには恐ろしい程の知識と技術を要するが、海賊や海軍が渡れれば民間人だって渡ろうとする者もでてくる。
 麦わら海賊団がその海域でたまたま遭遇したのは、そういう一般船だった。
 しかも豪華客船、と呼ばれるにふさわしい船だった。
 遠目からも煌々と輝く無数の明かりが見て取れたし、後方には大きな硝子格子の窓があり、そこにも大勢の人がいることが分かった。
 小さな海賊船であるメリー号など、歯牙にもかけそうにない雰囲気だったが、それに輪をかけて麦わら海賊団はそういう船に興味はない。
 本来なら、ちょっとだけ大回りするかどうかして無用な混乱を引き起こさせないように通り過ぎるだけだったのだが、この時は双方とも事情が違った。


 なんのことはない、その豪華客船が丁度、それも盛大に海賊に襲われていたからだ。


 別に助ける義理などあろうはずもない。
 だが、遠い甲板からこちらが何者かも知らずに助けを求める人々を見つけてしまえば、見過ごすことなどできるはずもなく。
 しかも見つけたのが、たまたま見張りをしていたこの船のコックのサンジだったのが、即、次の行動を決めさせた。


「要するに、あんた達は、海賊を襲った海賊、ということになるのかい? こんな豪華客船を前に?」
 呆然と佇むその豪華客船の船長と護衛隊長の前で、のんきに「そうなるのか?」と首を傾げた麦わら帽子の少年は、隣でため息をつく鼻の長いこれまた少年の「そうなるな」という言葉に笑っている。
 屈託のない少年達が、先程まで本当に戦闘していたとはまるで想像もできない。
 しかも襲ってきた海賊より何倍も小さな船に乗り、人数だって比べるのが気の毒な有様だった。
 なのに、とにかく彼らは強かった。
 そのべらぼうな強さに、この客船の乗組員達はただ唖然として彼らが暴れるのを見ていることしかできなかったくらいだ。
「おいルフィ、敵船からもらえるもんはもらったから、行くぞってよ!」
 スーツ姿の金髪の青年が手に小さな布袋を持ったまま、この客船の船縁に足をかけた体勢で声をかければ、少年は大きく手を振ってまた快活に笑う。
「おうっ、俺腹減った!」
「テメェはそればっかりだな。…まあ、今回はいいか。待ってろ、すぐなんか作ってやる」
「やったーっ! 肉〜っ!」
 叫ぶ少年に、青年がやれやれと笑う。そんなやりとりをぽかんと見ていた船長達の後ろの扉が不意に開き、奥から現れたのは、腰に3本もの刀を差した緑色の髪をした青年だった。
「あ、どうだった?」
 鼻の長い少年が勢い込んで聞くのに、強面の眼光鋭い青年は面倒くさそうに背後を顎でしゃくった。
「怪我人は少ねぇってよ。襲われたばっかりだったんだろ。早い段階で俺たちが来たから、この船の乗客相手に暴れる暇なかったみてぇだな。念のためにチョッパーと回ってみたが、残党もいなさそうだ」
「手当も、この船の船医が無事だったから、大丈夫だよ。たくさんあるって言うから、少しだけ心もとなかった薬を分けて貰ったんだ。へへ、これくらいいいよな?」
 剣士の後ろの腰の辺りから、ひょいと顔を出したのは、ぬいぐるみもかくやと思われる不思議な生き物で、大きなピンク色の帽子を左右に揺らしてエッエッと不思議な笑いを浮かべている。
「よかったなぁ、チョッパー! んじゃあ、戻ろう! 飯が待ってる!」
「「「いやそこかよっ!」」」
 全員の突っ込みを受けて笑う少年の後に、当然のように全員がついて行く。
 話しかけるぬいぐるみのような生き物を見下ろし笑いながら何か言い返す剣士に、船縁にいた金髪の青年から声がかかる。それに軽く手をあげて答えた剣士に、金髪の青年が肩を竦める。
 それはとても和やかな光景で、先程までの絶望に襲われた一瞬が幻ではないかと思えたくらいだ。
 呆然と見送りそうになった客船の乗組員達は、全員が船縁から下りる前になんとか正気に返った。
「ち、ちょっと待ってくれ! あんた達! このまま帰らないでくれ------っ!」
 必死に呼び止める人々の前で、行きかけた少年達は不思議そうに振り返り、一斉に何があるのかと首を傾げた。




「でっかしたっ!」
 真夏の太陽が降り注ぐ海辺は、真っ白なビーチと大きな入道雲が晴天に浮かぶ、まさに楽園といった風景に彩られていた。
 わずかな風に揺らぐ椰子の葉が、その下でくつろぐ人々に柔らかに動くギザギザの影を投げかけ、熱を上げ続ける大地に涼を添えている。
 そんな中、勢い良くビキニスタイルを披露するスタイル抜群の航海士は、上機嫌でオレンジ色の髪を結び上げると全開の笑顔でメンバーを見渡した。
「久しぶりの休暇だもんね! ここ一週間遊び倒すわよーっ!」
 客船は豪華だった見かけにそぐわぬことはしなかった。
 助けてくれたお礼をしたい、という彼らは、別にどうでもいいと返す船長初め他の乗組員にいたく感謝して、次の寄港予定の島でのリゾート予定をまるまるメリー号の貸し切りとして渡してくれたのだ。
 この辺りの島々は近い場所にあるのに季節が綺麗に別れていて、そのくせ、どういうわけかあまり気象の荒れが少ないらしい。しかも長年の調査により、荒れる時期が割合決まっていることを突き止めた周囲の島々では、その時期をずらしては島々での交流を図り、一定の観光事業のようなものまでが盛んに行われていたのだ。
 客船はそういう島々をある一定の長い時間をかけて周っていたらしく、この船のスペシャルオプションだった夏島の貸し切りの小島を自由にしていいと渡してくれたのだ。
 海賊である君たちが絶対の安心感を持って休めるように。
 そう言って案内してくれた客船は、本来の目的である夏島にて船の修復とリゾートを満喫するらしい。
「私たちだって、たまにはこんな綺麗な場所で思い切り楽しんでもいいんじゃない? 海軍もここには来ないって言うし! 食べ物も休む場所も提供してくれるし、何より! 完全リゾートエステも完備! んんんっ文句なしっ!」
 握り拳でこの幸せを甘受するナミに、全員が笑って頷く。
 実際ここ暫くは本当に大きな事件続きだった。別にそれがどうということはなかったのだが、それでもたまにはゆっくりと過ごしても悪くはない。そう思うくらいには、全員が疲労してしたのも確かだったのだろう。
「ロビン! あっちでビーチバレーしよう! それから泳いで、それから美味しいご飯食べて、エステ!」
 珍しくはしゃぐナミに、いつもはゆったりと構えている黒髪の美女がにっこりと笑う。本当に屈託なく笑うそんな笑顔も、いつの間にか見慣れてしまった。それが、この場にいる全員に誇り高い感情を与えてくれていることに、当の本人は気付いているのかどうか。
「そうね、それから…」
「ゾロ!」
 女性陣2人から名指しで指名を受けた男は、椰子の木にもたれ掛かって座り込んでおり、閉じていた片目を煩げに開いた。
「あ? なんだ?」
 2人が同時に手元を口元に上げ、笑いながら握り拳で何かを傾けるような仕草をする。
 緑髪の青年は、ニッと口元を引き上げると右手を突き出して親指を立てる。
「いこうっ! ロビン!」
 手を握り駆け出すナミに、半ば引きずられるようにロビンが続く。
「ちぇーっ、いいなぁ、ゾロ。俺も呑みてー」
 唇を尖らせて文句を言う船長に、ゾロは笑って「構わねーぞ」と答えたが、首を振ったのは残りの2人だった。
「やめとけ、ルフィ。あいつらに付き合ってたら、明日から絶対遊べなくなるぞ」
 それは嫌だなぁ、と呟いて、ルフィはゾロに向かって胸を張った。
「んんん、許可!」
 顔一杯で笑うルフィに、ゾロは「おう」とだけ返して目を閉じる。
 駆けだしたルフィにウソップも笑って後を追う。慌ててその後をチョッパーが駆けだし、木陰に残ったのは、2人。
「……テメェ……」
 唸ったのは、両手に様々な物を持った金髪の青年だった。
 西瓜と氷に浸した酒とジュースの入ったバケツ、そしてバスケットと敷布。それらを持って恨めしげに唸るのに、座ったままの青年は反応もせずに目を閉じて眠りに入ろうとしている。
「麗しい女性2人と夜の宴会だと!? ふざけんのもいい加減にしろよ?」
 言いながらも木陰にテキパキと休憩場所を作っていく青年は、恨めしげに寝こける剣士を睨む。
 じっとしているだけで汗が流れるくらいだが、湿度は割と少ない。木陰を渡る風は爽やかで、汗ばむ躰のほてりを優しくぬぐうようだった。
 サンジと違って、ゾロは上半身は何もつけずに以前ナミ達が用意した水着を着用している。
 その上半身の全面を彩る大きな袈裟懸けの傷を惜しむことなくさらし、目を閉じるゾロはいたって太平楽だ。なのに、その首元を飾る鎖型のネックレスがたくましい剣士の躰に不思議と男臭い色気を滲ませている。
 眩しい陽光に揺れる影を受けて、金色の髪を鈍く輝かせたサンジは剣士の前に立つと羽織ったパーカーの胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。
「聞いてんだろ、クソ野郎。…起きやがれってんだっ、この万年寝太郎めっ」
 投げ出した足に軽く蹴りを入れれば、面倒そうにゾロが目を開けた。
「うっせーなぁ、寝かせろ、クソコック」
「ったく、嫌だねぇ、この緑は。こんな爽やかな夏島にいて、どうしてこう寝るしか選択支を持ち合わせてねーんだか」
「ほっとけ」
「ほっとけるか」
 なんでだよ、と文句を顔に表してゾロは目を開いた。
 強い日差しが木漏れ日を弾き、目の前の金色の光を幾重にも彩っている。
 眩しくて、ほんの少し目を眇めれば傍に寄ってきた顔が、ヤブ睨みで青い色を近づけた。
 白い肌だ。眉毛の形は渦巻いて変わっているがその下にある青い瞳は涼やかで、今は険をたっぷり含んでゾロを見据えている。
「…良いご身分ですねぇ、この刀バカは。なんっでお前みたいなのをナミさん達は誘うんだ! 俺の方がなんっばいも楽しい夜を演出させてあげられるのにっ!」
 本気で怒りを露わに詰め寄るコックに、ゾロはへっと鼻で笑って寄りかかっていた木から躰を起こした。
「それはな、お前が俺ほど酒に強くねーからだ」
「正論なんざ聞きたかねーな。それ以外何もできねー呑んだくれのくせに」
「それで十分だから、あいつらは俺を誘うんだろ」
 ぐわーっむかつくっ! と怒りも露わにサンジが叫ぶ。
「だいたいテメーは偉そーになんだっつーんだ。なんでテメーがナミさん達と呑むんだ! その権利は俺にこそあるべきだーっ!」
「………アホか」
「やめろ、ゾロ。断れ、ゾロ。夜は寝腐れの名を欲しいままに、そのまま寝とくのがお前の進む道だ、ゾロ。そしてナミさん達は俺がやさしーくエスコートをば…」
 夢想に入るコックを呆れたように見つめ、ゾロはそのまま立ち上がった。
「やってろ。誰が断るか」
 言い放った言葉に、ピタリとサンジの動きが止まった。
 その不自然な沈黙にゾロがいぶかし気に見下ろすと、唸るような声がまたしても続いた。
「…おい」
「んだよ」
「一度…聞いておきたいと思っていたんだけどよ」
「おう」
 腕を組み、仁王立ちになったゾロは平然と続きを促す。動かないまま、サンジはほんの少しだけ言い淀み、なんでもないことを聞くような口調で言葉を続けた。
「お前、よくナミさん達と呑んでるよな。夜の甲板とかでさ」
「そうだな」
 あっさとり肯定したゾロは、それがどうしたと言わんばかりだ。
「お前は一人で呑む方が好きなんじゃなかったのか?」
「あ? 別に。気にしたことはねーな。いっとくが、あっちが勝手に寄ってくるんだぞ」
 確かに常に欠かさず晩酌よろしく呑んでいるゾロである。夜の仕込みを終わらせ甲板に出ると時折月を眺めながら楽しげに酒を酌み交わしているナミやロビン、果てはルフィやウソップ達の姿も見かけることがある。
 要するに、酒を飲みたい連中の格好の相手としてゾロは人気を博しているのだ。
「…でもお前、何故かナミさんやロビンちゃんの誘いだけは、絶対断らねぇよな…」
 ゆっくりと頭を巡らし、サンジが下から見上げてくる。
 その瞳がどこか揺らいでいるように見えるのは、日差しのせいなのか、それとも木漏れ日の見せる幻覚か。
 ゾロはサンジを見下ろし、ゆっくりと魔獣めいた笑みを登らせた。
「それがどうかしたか? クソコック」
 カッと一瞬で頬に血を上らせ、サンジは立ち上がった。
「勝負だっ! クソ剣士!」
 動いた拍子に、パーカーの胸元から剣士の胸飾りと同じ銀の鎖が覗く。それを視界にきちんと留めながら、ゾロはふん、とバカにしたように笑う。
「いぃいいいか! 俺が勝ったらテメェはナミさん達とのランデブーを断れ! お前のような奴の毒牙にナミさん達がかかるのを許すわけにはいかねぇ! 断固として阻止! それが俺の使命っ! ああ、ナミさん!」
 わめくサンジに、ゾロはますますバカにしたように口元を吊りあげた。
「で? 俺が勝ったら?」
「そんなん知るか!」
「無茶苦茶だな、お前」
「煩せぇうるせぇっ! いいからやるぞ! ジャンケンだっ!」
 握り拳を固めるサンジに、ゾロはやれやれと吐息をつくとほんの少しだけナミ達の方をみた。
「なら、俺が勝ったら、お前邪魔すんじゃねーぞ」
 は? と一瞬真顔でゾロを見返すサンジに、遠くを見ていたゾロはいたずらっぽく視線を戻した。
「おりゃぁ結構、あの2人と呑むのは気にいってんだよ」
 ぐっと息を詰めたサンジをみながら、ゾロは彼へと躰をむける。やるのか? やらないのか? と拳を揺らして誘いをかけてみれば、仏頂面をしたままサンジが拳を振り上げる。
「勝負だっ!」
 気合いも十分、ゾロは流れてきた汗を止める意味もあってバンダナを巻き、同じように拳を振り上げた。
「イッ…セイッ」
 ジャンケンと叫ぶ暇も惜しんで、一息でお互いの拳を振り出す。

 浅黒い大きな剣ダコだらけの手が握り固められている。
 対してしなやかさを感じさせる白い手が出しているのは、器用にさえ思える指二本を立てた形。

 真顔で自分たちの繰り出した手を見た2人は暫く確認するように、それに見入った。
 徐々に…徐々にサンジの表情が崩れ、情けなく眉が下がったかと思えば次いで悔しげに口元が歪み、むかつくのを表すように下がった眉尻がつり上がる。
 まじまじと己の拳を見たゾロは、不意にその口元を鮮やかに笑みの形へと変貌させると、サンジへ視線を流し、ますます嬉しげに…満面の笑みをその表情の隅々にまで行き渡らせた。
 その無邪気とまで表現できそうな笑顔を目の当たりにしたサンジの頬が、さっと朱に染まり、ついでその結果
に思いを馳せたのか、悔しげに煙草をかみしめた。
「はは、勝った!」
 本当に嬉しげにそう言う剣士は、ただ純粋に勝負に勝った喜びに浸っているようだ。
 遠くではしゃぎまくるクルー達の歓声を聞きながら、ゾロは楽しげに勝利した手を振ってみせた。
「よっし、今晩は呑み放題だ」
 言いながら、立ちつくすサンジに向かってまるで駄目押しのように、子供っぽい笑みを向けた。
「約束だぜ、忘れんなよ」
 笑うゾロの耳元のピアスが眩しく光りを弾くのを、サンジはただ憮然と見つめるしかできずに、大きく足下の砂を蹴り上げたのだった。









 正直に言えば、本当にゾロはナミ達と呑むのが好きだった。
 酒豪と呼ばれる域にどうやら本当にいるらしい自分に、普通につきあえるのはナミだけだったし、ロビンはしれっとしながら人に呑ませるのが得意だ。
 生やした手や己の両手で、いつもそっと空になったコップを満たすタイミングはたいしたものだ、とゾロは思っている。
 要するに、こと酒宴に関して女性陣はゾロの静かにもしくは楽しく呑みたい、という欲求に非常にマッチしているのだ。
 そんなに話が得意でない自分の邪魔にならない程度に話題を振り、うまく話を引き出しては笑ってまた呑む。時には話題にむかつくこともあったが、それはそれとして酒の席ということで流せる程度だ。
 どうやらナミ達も同じようにゾロのことを認識しているらしく、呑みたい時には簡単に誘いをかけてくる。
 そこまで頻繁ではないからこそ、ゾロは誘いをかけられたら断らない。
 楽しい酒を断る必要をまったく感じないからだ。
「昼間、何サンジくんと話してたの? あの後もの凄く不機嫌だったんだけど」
 夜のとばりもとうに落ち、満天の夜空には眩しく輝く天の川がかかっていた。
 波の音がさざめくビーチにほど近い休憩所には、小さなランプがほのかな光を暗闇に投げかけている。本当は砂浜で呑もうと思っていたのだが、あまりにも暗い上に炎を焚くのも面倒になり、用意されていた休憩場所に陣取ったのだ。
 屋根はついているが、ほんの少し高くした床があるだけのそこには、藁で編んだ敷布があり、直に座って休むようになっている。
 もし昼間なら、海で遊び疲れた者達がここでごろ寝できるようにもなっているのだろう。

 海を渡る潮風は昼間の熱気をぬぐい去り、肌になじむような温もりだけを運んでくる。
 ホテルの用意していたこの島特有の民族衣装らしき極彩色のスカートと、胸元で縛るように着る上着を羽織ったナミとロビンはとても綺麗だった。
 思わずゾロも見たときに、似合うな、と口にして、珍しいと女性陣2人を喜ばせていた。
 ただ思ったままを言っただけだっので、ゾロにはそれ以上なんの感想もなかったのだが、たまたま背後で聞いていたらしいコックと船長が2人して目をむいていたのを、女性陣は目撃していてさらに喜んでいた。
「ああ? 別に、こうやって呑むのを断れって煩いから、ジャンケンで勝負してただけだ」
「あら、それであの時ジャンケンしてたの?」
 頷く剣士に、ロビンが楽しげに笑う。
 ゾロは普通にTシャツと膝丈のズボンという姿だったが、普段が普段だけにそれだけで随分とまともな印象を与える。得といえば得なものだ、と思うナミはこの島で作られているという地酒をぐい飲みのような器でくいっと飲み干した。
 濁りのない水のようなその酒は、すっと喉になじんでとても美味い。
 しかし純度が高いのは、その芳醇な香りと喉を過ぎた感覚でしっかりと把握できる。
 これを最初に見つけて味見をしたときに、呑むならゾロとだ、とナミは確信したのだ。こんな美味しいがアルコールの高い代物、きちんと呑めるのはゾロくらいのものだろう。
 どうせなら、美味しく沢山呑みたい。
 少々酔っぱらっても、ゾロはとても安心だ。何せ自分たちにはもっとも害にならない上に、意外と面倒を見てくれるからだ。
「で、あんたは勝ってここにいるってわけね」
「ああ」
 言いながら空になったぐい飲みに注がれる酒を、また口元に運ぶ。
「…律儀よね…これサンジくんでしょ?」
 円座を組むように座った3人の前には、様々なつまみを載せた葉っぱの皿が置かれている。
 ここに来るときに、サンジに持たせられたものだ。
 簡単に作れるものばかりであるのかもしれないが、そこには今呑んでいる酒に合う塩味の濃い料理が種類も豊富に並んでいる。
「ホテルの食事も美味しいけど、やっぱりサンジくんのは格別よね。本当に美味しい」
「そう思うなら、直接言ってやれ。喜んで天まで昇るぞ」
 呆れたように言うゾロに、意味深にナミが目を細めた。
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。サンジくんの料理が一番だと思ってるくせに」
「…うるせぇ」
 笑う2人の美女に憮然と返し、ゾロは山菜らしきものを巻いた肉巻きを摘んで口に放り込んだ。
 ナミさん達の為に作ったんだから、お前は食わなくていい! 適当に何か食べながら呑まないと、躰に悪いんだから、ナミさん達に食べて貰うんだ!
 そう言いつのって渡されたこのつまみが、実はゾロの好みに合わせてあるということも、この場にいる全員が知っている。
 何せ、せっせと餌付けさせられていたのを影ながら応援していたのも、この2人の女性だったのだ。
「なーんで気付かないかなぁ、サンジくんってば」
 こいつなんて、サンジくんにぞっこんなのにねー。
 ケラケラ笑うナミに、ゾロは平然と杯を重ねている。空になったナミのぐい飲みに酒のビンを差し出すと、喜んで杯を持ち上げた。そっと酒を注ぐと、ナミはふふっと笑ってそれを一息に飲み干す。
 本当に良い呑みっぷりだ。
「はーい、へんぱーい」
 自分のぐい飲みをゾロに差し出すと、ゾロはそれを受け取りロビンがすかさず注いでくれる酒をこちらも一気に煽った。そうして、杯をナミに返す。
「お前も呑めよ」
 言いながらロビンに酒を持ち上げてみせると、彼女も笑顔で杯を差し出してくる。
 意外な程ゾロは上手に酌をする。ロビンは注がれたそれを、優しく口元に運び、静かな仕草で飲み干した。
 …この辺りが他のクルーからは、うわばみ、と称されるゆえんなのだろう。
 そうして杯を重ねていると、不意に遠くから慌ただしい足音が聞こえてくる。
 思わず、ゾロの眉根が寄り、2人の女性陣に笑みが浮かんだ。
「あっの、バカ」
 つい呟いた声に被さるように、ホテルの方から駆け寄ってきた人影がはっきりと形を表す。
「ナッミさ〜〜〜〜〜んっ!ロッビンちゃ〜〜〜〜〜〜んっ!!!」
 細身の青年はゾロと同じTシャツハーフパンツ姿だが、こちらの方がかなりスマートに着こなしている。
 闇の中からわずかな光の元へと走ってきた青年は、片手に葉っぱ型の皿を持ち、赤い顔で荒い息を吐きながら、フラフラと上体を揺らして3人の姿を見つめた。
 日焼けしたのもあるのだろうが、その不自然なまでに赤い顔が、一瞬ひくりと引きつった。
 丁度、ロビンがゾロに酌をして、ナミがつまみをゾロに差し出しているところだったのだ。
「…………っ!!」
 半分わざとじゃないかとゾロは思ったが、この場で何か言うのもばからしい。
 絶句したサンジは真っ赤になっていた顔をさらに赤くし、ふらりと大きく身体を揺らすと俯いた。
 ゾロはわずかに顔をしかめた。これは…と腰を浮かしかけると、腰の辺りを強引な大量の手に引き戻される。見れば、ロビンの手が自分を押さえている。
 おい、と目線でロビンを見ると、意味深に微笑む姿が映る。こうなれば、ゾロにはもう手も出せない。
「…どうしたの? サンジくん。あ、つまみの追加? ありがとう。これも美味しいけど、追加は嬉しいわ。ま
だまだ呑むし」
 明るく言い放ち、ナミはサンジの手から皿を受け取る。
「あれ? サンジくん…呑んでる?」
 ぷん、とサンジから不自然に香ってきたアルコールの匂いにナミは一瞬眉を寄せ、ついで皿を下に置くために後ろを向きながら、にんまりと笑った。
「で、本当にどうしたの? サンジくん?」
 わざとらしい、とゾロは思うが、ナミは動かないサンジに表情を改めると不思議そうに声をかける。
 サンジは俯いたまま、小さく何事かを呟いた。
 え? と半ば笑顔でナミが聞き返す。ゾロは天を仰いだ。ふふっとロビンが笑みを零す。
「ごめん! ナミさん、ロビンちゃんっ! 邪魔するつもりはないんだ。…約束もしたし…。でも…でもっ!」
 バッと顔を上げたサンジは真っ赤になった顔のまま、おもむろに3人の前に置かれた酒の瓶を取り上げると、アルコール度数の高いそれを一息に飲み干した。
「あ、バカ! テメッ!」
 慌てて止めようとしたが、さらに強い力で押しとどめられて、ゾロは唸った。
 時、既に遅し、である。
 再び天を仰いだ剣士が大きく息を吐く。その前で、飲み干した酒瓶を静かに宴席に戻したサンジは、真剣に2人の美女を見た。
 その青い目が潤んでいるのが薄明かりでもはっきり見て取れる。
「コックさんも呑みたいの? なら一緒に呑みましょうか?」
 顔を天井に向けたまま、ジロリとロビンを睨むが楽しそうな彼女には一切通用しない。ますます駄目だ、とゾロはこの後の展開に息を吐いた。
「そうね、せっかくサンジくんが追加のつまみ持ってきてくれたんだし。呑みましょう! はーいゾロ。サンジくんのつまみよー。あーん」
 追加されたつまみを手に、ゾロの口元に運ぼうとするナミに、サンジが息を呑んで頭を振った。
「違う、違うんだよナミさん! そうじゃないんだよ、ロビンちゃん!」
 支離滅裂。しかも度数の高い酒を飲んだ後に頭を振り、サンジの目は一気に据わってきている。
「ごめんっ! でも駄目なんだっ! 例えこんな穀潰しで、ろくに使い物にもならない、ただの筋肉バカでも!」
 サンジは再度大きく頭を振ると、飛びかかるようにゾロに抱きついてきた。うおっ、と声を上げたゾロの頭を
抱え込み、サンジは緑色を力一杯抱きしめ、
「こいつ、俺のなんだーーーーーーーーっ!!!」
 大音声で叫んだ。
「だから…一人占めしていいの、俺だけなんだよぉ…」
 後は、小さく小さくそう呟くと、サンジはそのままパッタリとその場に崩れ落ちた。

 女性2人の大爆笑を受けながら、眠り込むサンジはゾロの膝の上でとても満足そうに大口開けて酒臭い息をま
き散らしている。
「飲み過ぎだっ! だーから邪魔するなって言っておいたってのに」
 ぶつぶつ言いながらも、今度はナミに注いで貰った酒をあおるゾロに、ロビンが満足そうに微笑んだ。
「可愛いわね、コックさん」
「さわんな」
「あら、ケチね」
 手を伸ばそうとしたのを軽くはたいてとどめ、ゾロが憮然とサンジの金色の髪を梳く。その仕草がとても優しそうで、それだけで見ている2人は嬉しくなるのだからしょうがない。
「こうでもしなけりゃ、言いたいことも言えないんでしょうよ。どっちに嫉妬してんだか。やーねぇ、男って」
「ちゃんと言ってあげれば? 剣士さん。私たちの呑みの誘いを断らないのは確かだけど、コックさんの誘いも一度も断ったことはないってこと」
 回数でいけば、ナミ達より格段にサンジと呑む回数の方が多いのだということも含めて。
 聞いてやがったな、と唸るゾロを放っておいて、ナミは眠るサンジを覗き込んだ。
「本当に、わかってないんだから」
 どこか優しいその言い方に、今度はゾロも顔を上げてナミを見、そうだな、と頷いた。
 あの豪華客船を見つけた時に、真っ先に助けるんだと叫んだサンジに、誰も異を唱えなかった。
 それが、どこか必死なサンジの様子に、皆が寄り添ったくれたのだと、この天の邪鬼なコックが気付くのはいつなのだろう。
 サンジの胸元を飾るネックレスを、ゾロは指先で弄ぶ。
 ゾロとお揃いのそれは、ナミが賭博で偶然手に入れて、2人にプレゼントしたものだ。
 気付けば船で公認になっていたことを知ったサンジは、あの時も盛大に喚いていたが、結局はこうしてお揃いのものを身につけるくらいには素直になってきた。
「約束破った奴には、やっぱお仕置きだよな」
 ぼそりと呟く言葉に、ナミが嫌そうに顔をしかめた。
「そこでいやらしいことを言わないでよ、この野獣」
「うっせ」
 ニヤリとその名称通りの笑みを浮かべたゾロに、ナミが呆れた様子で肩を竦める。
「壊さないでよ、私らのコックさんなんだから」
「アホ、こいつは俺のなんだよ」
 言い切る男に、2人の女性は顔を見合わせて吹き出した。
「あははははっ! バカよバカ! バカが2人いるっ!」
 大笑いする2人に、いつしかもう1人が加わり、笑いながら3人とその膝で眠る1人を含んだ宴会は続いていく。

 それが、実は3人で呑んだ時のだいたいのパターンだということを、サンジはまだ知らない。
 そうして、明け方近くまで続いた宴会は、ゾロの膝の上で2人の女性までもが寝入る頃にお開きとなる。
 遅く登った月が明け方の少しずつ藍が薄れていく空に白く輝くのを見ながら、果てを知らない剣士は最後の酒
をあおると、そっと金色の宝物に口づける。
 酒宴の最後はそうして幕を閉じ、新しい1日がまた始まるのだ。


 蛇足ではあるが。
 その後、このまばゆいばかりの夏島で過ごす最終日まで、ゾロとサンジの姿を見たものはいなかったそうである。

終了(2006.7.16)




maro maro maron』様宅三十万打の記念絵に寄せたお話です。私にしては珍しい感じの2人の話となっとります(笑)
まずもって普段は書かない形の2人に新鮮でした!
 まーるさん宅表にての公開が終了しましたのでこちらに収納です(笑)ありがとうございました。



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