緋の襦袢




 小さな炎は、幽かな明かりを灯す。
 わずかな糸の芯に灯った明かりは酷くか細く、やや黄色みを帯びて縦に伸びる。

 肌に触る空気は、乾いている。
 この部屋の匂いだろうか、乾いた空気にまるで篭もるような…わずかに甘い印象を思わす香りが時折漂うように流れてくる。
 暗い。
 目に映るのは、幽かな炎が照らす小さな小さな範囲の板の間だけ。
 腕を伸ばした先には、もう闇が凝っている。
 闇の深さを光があることによって実感していくというのも、不思議なものだ。対の関係というものは、お互いをはっきりと浮き立たせるものでもあるのだろう。
 ほんの少しだけ伸びた金の髪を、サンジは銜えていた伸縮性のある紐でくくりあげた。
 寒くはない。しかし暑くもない。
 まるで肌に一枚なにかをまとっているかのような、心地の良い温度はこの島の夜特有のものなのかもしれない。
 いや、風が遮られているからだろうか。
 耳を澄ませば、遠くに人がざわめく声や物音が聞こえてくる。
 だがここは無音だ。
 時折、自分が立てる衣擦れの音だけが唯一の音源だった。
 小さな炎が浮き立たせる自分の色に、サンジは改めて苦笑した。
 何を考えたものか。それともこれしか本当になかったのか。濡れて汚れた自分達を、この集落に用意されているという大きな風呂に放り込み、出てきた時にはこれしかなかった。
 いや、もう一つ服はあった。
 だが、それを自分が手に取ることはなかった。自分が取ったのは、この『緋色』。
 わずかな光源にも鮮やかな『赤』。
 迷うことなくそれを手にし、羽織って白い紐で腰にくくって留める。それくらいしか、この服の着方が分からない。
 この島の住人が、それしかなかったのだ、とすまなそうに謝ってきたが、サンジは構わないと簡単に許した。恐縮する住人は服はきちんと洗濯するといって持って行ってしまったので、下着すら着ていない。
 この島ではあまり下着を着るという習慣がないらしい。
 真っ赤なガウンのようなそれが、実は女物の下着だと聞いたのは、その後だ。それでもサンジは怒らなかった。仕方ない、と諦めた。というよりは、丁度良いと思ってしまったのには自分のことながら苦笑した。
 赤い襦袢。
 それは着物という代物の一つらしい。
 別にきっちり着込んだわけではない。男の自分がそんなものを着ても、ろくなものじゃないだろうと思ったので、早々に割り当てられたこの部屋に来たのだが、どうやら見た目は悪くはなかったらしい。最後にここに来た島人が、あなたを見て島の女性が騒いで大変だったと笑って言ってくれたのが、なんとなく引っかかってたサンジの最後の抵抗をあっさりぬぐいさってくれた。
 さて、とサンジは与えられていたこの島での煙草に手を伸ばした。
 煙管というのだというそれは、どこかでみたパイプを小さくしたような代物だった。
 小さな口に刻んだ小さな煙草の葉を詰め、長い羅宇という竹製の細い筒を通して金属製の吸い口から煙を吸う。
 そういう代物らしい。吸い方は習った。ちょっとコツがいるらしいが、元々ヘビースモーカーだ。簡単にマスターしてしまった。
 わずかな光源である、小さな小さな炎。
 それが照らし出す小さな明かりの中で、サンジは吸い口へと唇を寄せ、そっと煙管を炎に寄せる。
 わずかに躰が傾ぎ、崩れた膝が緋色の布の裾を大きく乱して細いその足をつまびらかにした。
 片手をつき、首を伸ばす。煙管は口元に。
 炎が大きく揺れ、ゆるく纏っていた袖がその重みで肩を滑る。
 白い…白い肌が、朱を滑らせて現れる。
 それでもサンジははだけた肩に布を戻すことなく、そっと煙管に火をつけた。
 視線の先で、葉が燃える小さな別の赤が浮かぶ。それはまるで、夕刻に見た小さな血の染みにも似て。
 サンジは優しく、そっと息を吸う。
 その血を躰の奥にまで誘うかのように、そっと、いっそ愛おしい程に。
 胸が熱くなり、いつもの煙草より甘く、まろくて柔らかい味が躰にしみいる。
 足を…。
 サンジはわずかに動かした。
 緋色の奥で、白い肌が濃い陰影を刻む。
 やや俯き加減に、炎に寄せていた顔はそのまま、サンジは闇の奥を流し見る。

 そこには闇がいる。

 闇の奥には、闇の生き物がいる。

 真っ赤に染まったサンジより、さらに真っ赤に染まった獣がいる。

 躰が熱い。
 獣が放つ放射するような視線が、サンジには絡みついている。

 ああ…。
 小さな吐息を。
 喉の奥から忍び漏れるような熱を込めた吐息を、細く吐き出す。
 揺れる吐息に、白い煙と、炎が揺れる。
 視界が揺れる。
 光が揺れる。
 …闇が…増える。

 言葉には出さず、サンジはゆっくりと瞼を下ろす。
 下ろしながらも、闇を見つめることをやめはしない。
 そこには自分を欲する獣がいる。自分を食い尽くす、生き物がいる。

 この島で暴れていた山賊の大半を血祭りに上げ、抗争を力づくで留めた男がいる。
 この緋色より暗く鈍い赤を纏い、その色が沈殿していくのをまるで当然のように受け止めていた男がいる。

 祝いだと、島の住人は外で騒いでいるのだろう。
 だが祭りでもあった今夜、この島の住人以外はどこかに篭もらねばならないらしい。

 篭もるのは2人。
 そしてそれは、喰う獣と喰われる供物。
 お膳立てはコックである自分がすべて整えた。

 わずかに身じろげば、はだける肌の割合が増えていく。
 寒くもないのに、誘うように色づく自分の肌が、炎に踊る。

 サンジは闇を己の瞼の奥にも広げる。

 闇が広がれば、饗宴が近づく。

 最後の一口を吸い込んだ唇が、細く息を吐き、大きく横に揺らいだ炎の息の根を止めた。

終了(2006.10.14)




お約束のブツです、mi○aru様○っしゅ様。
ついでにまーたゾロが全然出てきてないときた。
この程度になってしまった脱落者は、とりあえず、ほおっておいてくださいぃT_T 



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