いきなりの嵐だった。
天候が普通ではないグランドライン。そんなことは百も承知していたが、その訪れはいつも本当に唐突だ。
天性の勘なのか、それともそれすらも才能とでもいうのか、この船の優秀な航海士が気付いてくれなくては、あっという間に海の藻屑になっていただろう。
それでも、余波はまぬがれられなかった。
急いでメインセールを操り、動かぬ舵を取り、必死に動き回って抜けた嵐の海域。
あと少しでも気付くのが遅かったら…。
真っ黒にそこだけ塗り変わった海域をやっと遠くから眺めた時に、その恐ろしさに身をすくませた。
どんなに強くても、高額の賞金首になっても。
どんな奴らにも負けることなど考えられないこの船のメンバーであっても、自然の驚異には叶わない。
あれを見れば、自分達がどれほど小さい存在なのかを思い知らされるばかりだ。
遠い嵐の海域を見つめながら、隣に立った自分より小さな、しかし器の大きな船長が
「俺たちは小さいなぁ。でも、あんなにでっかい嵐があるなんて、ワクワクするよな!」
全身ずぶぬれになりながらも、太陽のように笑う。
だから、疲れ切ってはいたけれど、恐ろしいはずの嵐の海域をまるで何かの観賞物のように、いつの間にかコックが煎れてくれた温かな飲み物を手にして、全員小さな躰で大きな力の嵐を楽しく見送った。
嵐の海域を抜ければ、そこはもう快晴の大海原。
嵐の余波で、波は高かったものの、それも遠ざかるに従って小さくなっていく。
「普通なら、そんなの考えられないんだけどねぇ。ま、グランドラインだしぃ」
なんでもグランドラインのせいにすれば片付けられると最近思い出しているんじゃないか、と疑わしい航海士が、鼻歌交じりに風呂に向かった。
まずは女性陣が先に風呂に入るのだという。
その為に最後の仕事として水汲みマシーンを漕がされたゾロは甲板で背もたれ、ぐったりと座り込んだ。
濡れたままずるずると寝そべった自分にナミが文句を言っていたが、構うものかと横になって目を閉じた。
強い日差しと穏やかな風、寝ていれば、そのうち服も乾くだろう。
そうすれば、別に風呂になど入らなくてもいいかもしれない。
チョッパーが「濡れた服のままだと風邪引くかもしれないぞ!」と通りがかりに言っていったが、今一、半信半疑な言い方だった。多分、言いながらもゾロが風邪を引くということが想像できなかったのだろう。
そのまま寝ようとしていると、服から立ち上ったのかそれとも甲板が乾いていく過程で匂うのか、日だまりの匂いと微かな木の匂いがする。
気持ちが良い。
うつらうつらとしていると、足下の方で、ぱたりと倒れるような音と共に、
「うおっ、気持ちいい!」
と唸るルフィの声がして、すぐさま豪快な寝息が上がり出す。
穏やかな波が船を打つ音がする。
嵐を生む海は、また安らぎすらもこんなに簡単に生み出すものなのか。
つられたように眠りに入ろうとするゾロの耳に、微かな固い音が響いてきた。コツコツと甲板を叩く、気でもつかっているのか幾分ゆったりとした、しかし不規則な…。
不規則?
ふと、意識が浮上した。
うっすらと片目を開けてみると、どこかフラフラとしたスーツ姿のコックがじっとこちらを見下ろしているところだった。
「…気持ちよさそうに寝やがって…」
唸るように呟いた途端だった。
ううううぅ、と語尾を伸ばすような声を上げ、ふらりと、まるで糸が切れた人形のように足下から崩れ、サンジがゾロの上に倒れ込んだ。
咄嗟のことに手を差し出すことすらできなかった。
だが、それが良かったのだろう。
ゾロの上にそのまま倒れ込んだ男は、ゾロの腹に顔を寄せ、くんっと匂いを嗅ぎ、
「へへっ、海とお日様の匂い…」
まるで少年のような笑みを浮かべ、たゆとう波と波長を合わせるように瞼を落とし、そのまま寝入ってしまった。
ほんの少し、その様子に驚いて身じろぐと、サンジの躰が滑り落ちそうになる。
まるで腹枕のようになったサンジをそれでもなんとか、躰に留め、ゾロはまあ、いいか、とまたしても横になった。
そういえば、コックは昨夜が不寝番だった。交代するはずの朝は、朝食の準備にとりかかり後かたづけまですませているところで、あの嵐。
確かに疲労もするだろう。
いつもなら、昼間の人がいるところでなど絶対に近づいてなどこない男が、まるで誘われたかのようにやってきて、こうして傍にいるのだ。
「…これも恩恵かね…」
小さく揺れる海へと呟き、ゾロは小さく微笑むと今度こそその意識を海と空に飛ばした。
真っ青な空とどこまでも青い海。
大海原に浮かぶ小さな船には、小さいが、大きな若者達がねむっているのだ。
終了
昨年初期の頃に参加した絵茶にて、紗凪さんことるりりんこと若から、「☆さん書く!」と言われて
ンじゃ書こうとその時のお題で書いた小話も小話。若に差し上げていたのを時効かなとあげてみる(笑)
なんてことない、ただの瞬間のお話
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