日常風景 2




 甲板は盛大な泡の海になっていた。
 不思議と海には似合わない花の匂いがするとうっすらと目を開けると、そこは一面真っ白だったというわけだ。
 気付ば自分も船縁に背を預けた姿のまま、泡の中に蹲っている。
 しかもルフィやウソップの大笑いの声が響きわたり、何故かナミの笑い声までする。
 泡まみれなのは自分だけではなかった。
 トナカイのチョッパーはもこもこの泡まみれで、毛皮がまるで見えない状態だし、ナミも足下や頭に泡をつけている。ルフィにいたってはずぶぬれに近い。
 ルフィが手にした大きな布を広げるとその端をすかさずウソップとチョッパーが支える。精一杯躰が丸くなるくらい大きく息を吸い、力一杯吹き付ける。
 大きくはためいた布は勢い良く帆を張るようにふくらみ、溢れかえらんばかりの泡を製造して吹き飛ばした。
 なるほど、泡だらけになるはずだ。
 大きな歓声を上げて、ナミが笑いながら避けようとして、躰に泡をアクセサリーのようにまとっている。
 上階の操舵室兼キッチンの前の手すりからこちらを見下ろしているロビンも、とても楽しそうに頬杖をついて笑っている。
 ふと、この場に1人足りないことに気付いた。
 こういうことにはあまり参加しないように見えて、手が空いていたら真っ先に遊んでいそうな人物。
 いつも天気のいい甲板で、光を弾くような髪をなびかせて、すまして仕事をしている…彼は…。
 しっかりと目を開けて、ほんの少し躰を起こした時だった。
「そーらよっ!」
 威勢の良いかけ声と共に、風呂場のある倉庫の扉が勢い良く開いたと思えば、両手に山のようなシーツや布を持ったサンジが現れた。
 泡だらけの甲板に目をやると破顔一笑。
 駆け出すと、泡を製造しまくっているルフィ達に向かって、両手のシーツを盛大に投げかけた。
 泡に広がる一面の白い布。
 そして白い泡の群れ。
 シーツが落ちることで、泡が一斉に辺りに舞った。
 まるで大きな泡が舞い踊り、虹色に弾く光が乱舞する。
 その一瞬を狙ったように、不意に優しい風が船をすり抜けた。
 シーツの一枚が、思わず仰け反って空を仰いだサンジの胸に絡まり、その端が、まるで柔らかな羽のように空になびく。
 舞う泡が流れ、光を弾いた泡が虹色をきらめかせ       
 一瞬だけの、天使の降臨。

 歓声がさらに上がる。
 今の一瞬の光景を誰も気付かなかったのかもしれない。
 ゾロは瞬くことも忘れた瞳に刻みつけた光景に、その口元を柔らかく綻ばせ、そっと、その瞳を閉じた。

 瞳の奥に閉じこめた。
 それは一枚の天使の絵画。

 誰も見ることのできない、至宝の一枚。

 穏やかな花の香りとくすぐったい泡の感触に紛れながら、ゾロはそっと目を閉じ続けた。

終了




今日の治療薬』紗凪さんに献上した代物その2。
 天使サンジというのが、テーマでした。
 私はゾロスキー。意外と難しかった…ような楽しかったような(笑)



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