もう一つの強い世界




 気絶は寝てると同義語なんだろうか?
 目が覚めた時には、ほんの…そうほんっっっのちょおおおおっとだが、頭のぼんやり具合が違っていた気がした。
 …というか、よくまあ、生きてる…毎度あーんな高い所から落ちて、おれはよく生きている! さすがは八千人の部下を率いる男だ! と、自画自賛くらいさせてくれいっ。
 濡れた服はなんとなく生乾きになっていて、躰に微妙に張り付いて重い。服だけのせいじゃないのはもう理解しているんだけどよ。
 これはこの一週間というもの、走り回り動き回り飛び回り…思い出したくもない生物達との命をかけた攻防戦の疲れが出ているからだろう。間違いない。
 このメルヴィユの大地に一味がバラバラに叩き落とされて、それだけの時間が流れている。
 この地がメルヴィユだと、叫んだやつはナミを連れて飛んでいっちまった。
 あの悔しさときたら、ここ暫く味わってもみなかったぜ。…まあ、その前に落ちていくのでほとんどその時のことは忘れてたけど。
 とにかく! 最初に目が覚めた時には、一人だし変な生き物は襲ってくるわで、ホント生きた心地はしなかった。花咲き誇る綺麗な場所なのに、そんなの目に入らない程逃げるのに必死だったんだが、ほどなくサンジに会えたのが救いだった。
 自分一人だったなら、もれなくおれは死んでいる。
 そりゃ当然だろう、あんなバカでかくて凶暴極まりない生き物ばかりが次から次へとやってきたら、さしものおれ様も保たない。おれはあくまで人間なのだからして!
 …同じ人間であるはずの、サンジにしてもゾロにしても…どうも人間の範疇からは逸脱していると、実はこっそり思っているのは内緒だ。
 化け物並と言えば言葉はいいが、化け物じゃねぇか? と思ったことは数知れず。悪魔の実がなくとも、悪魔というのは生まれるという証拠のようなもんだと……こっちの考えていることを悟ったか、ジロリと鋭い目で見られて思わず目を逸らす。
「気付いたか?」
 何がだ。鋭い目つきはこの地にきて、初めて目にする人のいる村を油断なく見回す。
 こいつはこう見えて、目端が利く。しかも、時々意外な程に鋭い洞察力と行動力を見せて、おれ達の度肝を抜く時がある。だからこそ、こういう時のサンジの言葉はきちんと受け入れる必要があるとおれは思っている。
「…この村、若い娘がいねぇ」
「そこかよっ!」
 もう反射だ。
 ああ、サンジだサンジだ、サンジ様だよ! 一週間走り回ってナミだロビンだ叫び回ってても、骨の髄までサンジだよっ!
 けれど、温かいスープを持ってやってきてくれたこの村の住人のおば…いやいや、ここはサンジくんを見習って! 女性が来てくれた時には、感心した。
「ちゃんと食料足りてるのか?」
       ああ、やっぱりこいつは。
 骨の髄まで、料理人だ。
 人の命を預かる人間だ。
 最初に見た時、やはりそこに目がいっていたのだ。おれは村の家の配置や、人の多さなんかを一番に見た。後は雰囲気だな、穏やかだがちょっと疲弊している気がする…とか。
 だが、サンジは違う。
 多分料理人の中でも違うんじゃないだろうかと、こういう時に思う。
 食材をどう料理して、どんな風に作ろうか…と考えるよりももっと先に、命を繋ぐ食事としてのありようを考える。それこそが船の食糧管理を任すに足りる船のコックといえばそうなんだろうけども。
 多分、サンジのコックとしての芯には、生きるということが染みついている気がする。
 それを一番最初に、言葉少なに指摘したのは…ゾロだったっけな。
 あれはいつの事だったか。もう覚えてないくらい前の話だ。グランドラインに入ったか入らないか、それくらいだった気がする。
 対照的だからか、妙に目に付いたのかもしれない。おれなんかは、それを聞いて妙に納得したもんだったっけ。
 あれから随分遠くにきたもんだ。…こんな空の上でも、まったく驚かなくなった所が、経験積んだ証拠かもしれない。
 なんでもありのグランドライン。
 …ほんと、なんでもありだと実感させてくれたのも、こいつらだ…いらねぇのに…。
 ストレートにこの村の住人に食事の事情を聞くサンジに、うろたえて、どこか恥ずかしいことを告げるように目を落とした女性の諦めきった表情だけが、妙におれには目についた。

 唐突に巡り会った瞬間。驚きに固まったおれの目の前で、
「なんだお前か」
 とまるでついさっき別れて出逢ったかのような、そんなナチュラルさでお互いを認識する男達に、素直に飛びついてきたチョッパーを抱き返しながら、おれは内心笑った。
 そこまで、きてたか!
 隣にいることは当たり前。傍にいなくても、こいつらはいつも疑ってないのだ。
 もう、疑いもしないのだ。
 進める限り、もしかしたら命の限り、お互いが納得しないような別れはしないということを。
 ルフィとナミが合流するまでのほんのわずかの間、ゾロ達が助けたという小さな女の子の家の軒先を借りて休んでいる時。
 ひっくり返ったチョッパーを避けてやってる一瞬、サンジがわずかにゾロに近寄ったのを視界の隅に見た。
 見ない見ない、絶対見ねぇっ!
 おれも命はむちゃくちゃ欲しいっ!!
   堂々とすんな! おれは仲間の気配には聡いんだっ!!
 それも本当に瞬きするくらいの時間でしかなかったのだろうが。
 チョッパーを動かして振り返った時には、二人はバラバラにひっくり返って、ののしりあっている。
 曰く、なんでおれが走り回ってる時に、お前はあんな可愛いリトルレディと知り合ってたりするのかという理不尽極まりないことなんかで。
 他愛ない。
 増えまくった安心感の中で、おれは目を閉じる。

 もう見ないからさ。
 おまえら、安心しろ。

 わずかな休息しかないと、なんでか分かっていた、メルヴィユでのほんの一時。
 それがその後もずっと、おれの記憶に強固に染みついたあの地での思い出となったのは…可哀想だと本気で思う。




終了(10.1.8)




インテに間に合いませんでした、ペーパー用の映画小話。延々書きそうだったので、ぶち切ったウソップ語りでございました…新年早々うわぁ…orz



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