日常という名の宝石




 サニーの芝生はとても気持ちが良い。
 だいたい船の上に木が何本も植えられ、あまつさえみかんの木にいたっては収穫ができるときた。
 中央甲板の芝生の端にはブランコ付きの樹木があり、それがまた心地よい木陰を作ってくれている。
 これのどこが海賊船だ、と百人が見たら百人が疑いの眼差しを送るだろう。裏切っているのは、マストの海賊旗くらいなものだ。
 しかもその海賊旗のドクロでさえ、麦わら帽子を被ってなんだか陽気だ。
 けれど、最近ちまたで有名も有名になっているドクロマークをバカにする者はいないだろう。なんだかんだいって、この一味のトータルバウンティは600000000という0の数が半端無い。
 しかしその数字に反して、サニーの乗組員達はいたってのんびりだ。
 ここ数日、とても良い天気が続いていて、しかも襲撃は少ない。
 実入りがない! と嘆く航海士は一人いるが、まあそれは実入りがあってもなくてもいつも騒いでいることだから誰も気にもしていない。
 日差しが十分に降り注ぐ芝生の上で、ブランコを揺らして遊んでいる少年達が過ごす船は、今日も順調に航海を続けていた。
「…あれ?」
 芝生の上でゆっくりと躰を伸ばして横になっていたゾロは、間近で聞こえた女性の声に意識を戻した。
「どうした…ナミ」
 大きな欠伸をしながら伸びをし、ゆっくりと目を開けたゾロの前でナミは目線を空に向けている。
 ほんのわずかマストの帆を見つめ大急ぎで振り返る。
「やばっ! 雨が来る! 嵐が来るわよ! 大急ぎで方向転換!! えーっと、九時の方角! ゾロ急いで!! ルフィーッ!」
 ナミの声と共に、一斉に全員が飛び出してきて走り出す。
 リーゼントの大男が舵に駆け寄り、ナミは船首へ。ゾロも一息で跳ね起き、そのままフォアマストへと走り込んだ。見ればメインマストの方へとキッチンから駆け出した痩身が見える。あちらは大丈夫だろう。
 それぞれが手近で一番動ける場所へと走ってからの動きは素早い。
 見る間にサニーは方向を転換し、いきなりわき上がった黒雲と突然うねり始めた海を、まるで楽しげに渡っていく。
 追い風になってくれたのが幸いした。数十分後には、上手く嵐を交わしたサニー号は、先程の嵐がなんだったのかと思う程にゆったりとした海域へと避難したのだった。


 ずぶ濡れになった一味は、まずは女性陣がゆっくりと風呂へと入りにいき、男性陣は後片付けだ。
「うわぁ、濡れた濡れた」
「チョッパーやめろって!」
 大きく全身を震わせて水しぶきを弾いたチョッパーに、その場にいた者達から笑い混じりの抗議があがる。
 サニーの風呂は大きい。女だけ先に楽してずるい、という言葉はこの際関係ない。先に入ったものが、大きな風呂の準備をしてくれる形になるのだから、どっちを選択するかというだけの話だ。
 嵐を回避したとはいえ、雨足には追いつかれていた。酷くなる前に逃げ出せたのは上々だろう。
 フランキーに頼まれてゾロが急な嵐のせいで積み崩れた木材格納庫を片づけていると、不意に通路の方から声がした。
「おう、ゾロ。悪いがあんまり濡れたから先に風呂もらったぞー。後はおれが変わるから、お前も風呂に入れよ」
 ほとんど最後といっていい木材を抱え上げていたゾロは、その声に少し振り返ると軽く頷いた。
「ああ、もう終わる。これで最後だ」
 嵩張るから持ちにくそうにしているが、本来なら重い木材をひょいと軽々と持ち上げる様は、なんとなく異様だ。
 まるで軽いものを積み上げていくような気軽さだが、重量を知っているだけにフランキーには苦笑しかでない。
 フランキーも随分と改造を重ねて力持ちなのだが、生身でこれだからこの船の住人は面白い。
「ホント片付いたなぁ、まあ、今度はどんな嵐が来て揺れても大丈夫なように、積み上げた後を補強しとこう。いってこいや」
「任せた」
 軽く手を上げて笑って交代と互いの手を打ち鳴らす。そのまま甲板へ戻ろうと待機室へと歩いていたら、頭上から日差しが注いでいるのに気付いた。
 ふと顔を上げると芝生甲板からの入口が開け放たれている。そうして、そこに一人の男がこちらを覗き込んでいるのが見えた。
「こんな所にいたのかよ、お前」
 呆れたように言い募る男の髪が、日差しを浴びて金色を弾かせて輝いているのが見える。
 思わず目を細めたゾロは、なんのことだと少しだけ首を傾げた。それに気付いたのか、珍しく屈託なくサンジが笑った。
「早くあがってこい。お前だけがまだなんだよ」
 言われるままに、ゾロはマストのはしごを登り始めた。
 外は嵐があったことなど嘘のような上天気に変わっていた。本当にめまぐるしい。グランドラインの気まぐれは、容赦がない。
 水はけの良さで、甲板の芝生も良い頃に乾き始めていた。
 船首には船長の遠くを見つめているらしい後ろ姿があった。
 軽く躰を引き上げ、芝生の上に登り切ると目の前にはいつものスーツスタイルの男が面白そうに立っている。
 けれどサンジの姿を見てゾロは眉根を寄せた。
「んだ、お前まだ風呂入ってなかったのか?」
 スーツが濡れている。金髪もうねって少し巻き気味になっていて、いつもより少し色が濃くなっている気がする。
「お前に言われたきゃねぇ。…ほら」
 そう言って差し出されたのは、湯気の立つ大きめのカップと小皿だ。小皿の上には、大きくカットされた黒いケーキがドンと乗っている。
 疲れた時には甘いもの。
 どうやらおやつの時間もゾロが船底に潜っている間に済んでしまっていたらしい。
「おう」
 軽く答えて小皿とカップを持って歩き出す。並ぶようにして、サンジも一緒の方角へと歩き出した。
 湯気の立つカップはまだ温かく、どちらかというと丁度良い感じだ。柑橘類の爽やかな香りは、なんとなく潮の濃い香りに麻痺していた嗅覚をなだめてくれるような気さえした。
 つい満足そうな吐息をついた。隣でわずかに笑う気配がする。けれど、ゾロは分かっていてそちらを見ない。
 そのまま大きな口を開けて、ケーキを掴むと頬張った。どんなに大きく切ってくれていても、これでは二口か三口で食べ尽くすだろうとの予測通り、二口で皿は空っぽになった。
 頬袋をぱんぱんにさせて、もぐもぐと咀嚼する男は存外可愛らしい表情になる。
 すれ違った黒髪の美女が、わずかに微笑んでゾロの口の端を指し示した。
「ついてるわよ、ゾロ」
 取ってやろうとしたのかもしれないが、寸ででサンジが手を伸ばしてゾロの口元をゴシゴシとぬぐう。
 それに腕を上げて嫌がり顔を背けたゾロに、ロビンはますます楽しそうに笑ってその場を後にする。
「なにしやがるっ!」
「ちゃんと食べられないおこちゃまには、これで十分だ! レディにオベントウつけてるわよ、取ってあげるわ、うふふふ……なんて誰がさせるかーっっ!」
「てめぇが何言ってるのかわかんねぇっつってんだよ!」
 二階に上がり、そのまま後方へと向かっている二人に上の花壇の方から声が降ってきた。
「ゾロ、サンジ! 喧嘩するのはいいけど、先に風呂はいれよ。風邪ひくぞー」
「こいつらが風邪ひくかよ! 風邪の方が逃げるってもんだぜ」
 笑い合うチョッパーとウソップの声に、二人して睨み上げる。即座に二つの影が手すりから消えていった。
 その逃げ足の早さになんとなく気勢を削がれた二人は、そのまま無言で歩いていく。空になった皿をゾロがサンジに差し出すと、黙って受け取る。そのままカップをゆっくりとあおりながら、歩いて飲み干すとそれもすかさずサンジが受け取った。
 丁度測量室へと続く分かれ道に来た所で、サンジはそのまま室内に戻るドアを開けて入っていく。
 ゾロはそのまま少しだけその場に佇むと、何事もなかったかのように風呂へと続くドアを開けて入っていった。
 この船に慣れるまでに、ちょっと時間がかかった。
 単にこの船の構造上に、問題があったのだと本人は思っている。ただ単に場所の把握に自分が時間をかけたのだという自覚はないらしい。
 ハシゴを登っていけば、測量室ではナミが机に向かっていた。彼女がここにいるということは、当分は気候の変化の予兆はないということだろう。
 先程の今で続けてこられたらたまらん、という本音もあるが、そんなものが通用するような海ではないことも身に染みている。
「…これ書いたら私、芝生甲板に行くから。何かあったら窓からヨロシク」
 振り返りもせずに言うナミに、「おう」とだけ返事をしてさらに上っていく。最上階へと上がり、さっさと実はぬれまくっている服を脱いだ。
 ふと気付けば全員が入ったはずなのに、脱衣所の床には水滴一つ落ちてはいない。
 大浴場とはいえ、水を嫌うのが船だ。そういう所を大切にしているのは、メリーの頃からと変わらない。
 なんとなく良い気分のまま、籠に服を放り込んで浴室に入る。船のわずかな揺れにあわせて、満面に讃えられたお湯がゆらゆらと揺れている。しかも誰がしたのか、入浴剤で真っ白だ。
 思わず笑ってしまう。少しだけ香水臭いが、それでも悪いものではない。
 なんだか空島の景色をちょっとだけ思い出してしまった。
 自分が最後ではなかったな…などと考えながらも、ゾロはシャワーのコックを捻った。水が自分たちで補給しなくても、航行に併せて補充されるというのは妙に有り難い。
 元々こういう風呂はイーストの方に伝わる文化だと旅に出て気付いた。出身者がほとんどイーストなので、誰も疑問にも思ってなかったが、他の地域ではシャワーだけの所なども多いらしい。
 しかしその中でも、ゾロは際だってこういう風呂の文化に浸りきって育った方だった。
 剣道場で大勢の子供達と一緒に寝起きをし、一緒に風呂に入り、そこで風呂の入り方まで学んだ。後から入る人達の為に、先に躰を洗い浴槽にはその後に入るなどはその典型だろう。
 ざっと躰を洗っていると、盛大な音を立ててドアが開いた。
 思わずそちらを見てしまったゾロは、目を眇めた。
「…………………………なにしてる?」
「お前の目は節穴かよ。ああ、藻類には目がねぇんだっけか? 風呂はいるに決まってるだろうが」
 そりゃそうだろう。風呂には風呂に入る以外の用途はあまりない。
 確かに真っ裸に腰タオルの姿は正しい風呂スタイルだ。ただ、どうしてこの男が、自分が入っている時に入ろうとするのだろうか。
 そこが一番の疑問だから問うたのだ。
 わずかに目を細めたゾロは、面白くもなさそうに躰についた泡を流し落とすと、軽く自分の周りの床の泡も流した。
「てめぇ、おれとは絶対に風呂には入らねぇって、随分前に宣言してなかったか?」
「ああ、したな」
 あっさりと言って、ゾロへと近づいていく。ゾロは場所を譲って浴槽へと静かに躰を沈めた。
 思わず、大きく唸るような吐息をついてしまう。たまにそれが親父臭いと一緒に入ったチョッパー達に笑われたりするのだが、そこはそれだ。
「こんなにデカイ風呂になったんだ、一人だろうが二人だろうが余裕だろ。いいじゃねぇか別に、一緒に入ったってよ」
「………」
「なんだよ、その目は。寒いんだよ! 早く温まりたかったんだよ!」
 外は夏島海域で、濡れていて寒さを感じるまではなかった。かえって風に当たると心地よいくらいだったのだが、それでもサンジは寒かったらしい。
 何を言っても無駄だ、と身を持って学んでしまっていたゾロは無言になった。それをどう取ったのか、ぶつぶつ言いながらもサンジは躰を洗っていく。
 見るともなしに、ゾロはサンジが躰を洗っていくのを見ていた。
 気持ちいいなぁ、と風呂お湯のぬくもりに包まれて幸福感溢れつつ見るには、適さないものかもしれない。が、妙に目に心地よく映るのはどうしたことか。
 なんとなく、いかんな、と思いはしても、気持ちよいのだからまあいいか。
 と、相変わらず自分に直球なまま、受け入れてサンジをぼんやりと見ていた。
 全体的にサンジは白い。
 石けんの泡まみれのタオルで伸ばした腕を撫でていくと、所々に泡を残しながらもうっすらと幕を張ったように光りを弾いて肌がほんのり色づく。
 斜め後ろ姿だが、わずかに仰け反り首もとを洗えば、髪がさらりと流れて背中に触れる。伸びた首の線がしなやかで、のど仏の線が妙に目に付いた。あれに触れた時はそんなこと意識すらしなかったのに。
 わずかに猫背気味なので、シャワーを取ろうと腕を伸ばすと背筋が伸びて肩胛骨の辺りが動くのが見えた。
 全体的にとにかくサンジはしなやかな動きをする。けれど、躰だけを見れば、決して曲線的ではない。
 完全に男の体型そのものだ。ただし、絞まる所は絞まっているので、バランスがいい。全体的にまとまっている。
 服を着ている時よりも脱いだ今は、直線的な体型がはっきりする。筋肉の厚みは確かにゾロよりも少ないが、その分秘めたような力強さがあった。
 引き締まった尻なども真っ平らだ。
 躰を洗うといっても、割とサンジは荒い。そういう所はやはり男っぽいというか、適当というか。それもサンジらしいのかもしれない。
 そういえば、こんな風に明るい所でしみじみとサンジの躰を見た記憶はなかった。
 グランドラインに入った辺りからいつの間にかそういう関係になっていたが、きちんとゾロとしてはケジメをつけてきたつもりだ。抱きたい理由も、サンジが自分に妥協して抱かれてくれている理由も、ちゃんと確認している。
 それでも、落ち着くということがない船の上や、たまに上陸する陸の宿でも、全員一丸行動が基本な麦わら一味では早々落ち着いて抱き合うことなど希有なことで。
 結局は夜に、もしくは忙しなく時間を合わせて抱き合うことが常だった。
 だからだろうか。明るい所でこうもじっくりとサンジを検分したことはなかった。じっくりと触った感触は覚えてるのだが、それは当然だと何故か威張りたくなってきて、ゾロはうん、と一つ大きく頷いた。
 その間にもサンジはかがむようにして髪を泡立てまくり、シャワーで流している。
 かがむと背中の背骨の線が、より一層綺麗に浮き出る。その真ん中辺りに、湯に温められてほんのわずか赤味を帯びた線が浮かぶ。
 あれはチョッパーのいた島で、サンジが背負った傷だ。
 チョッパーもナミもルフィも元気にしている今、あの傷は自分の大いなる勲章だ。と大いばりでいつか言っていたのを思い出す。
 ゾロとは全く違うのだと、その時も思ったがそれが妙に誇らしくも思えたのは、もう末期なのかもしれない。
 洗い流した髪をなでつけるようにして躰を起こしたサンジの腰骨が、その動きで微かに見えては消える。
 そういえば、あのくぼみの辺りがサンジは弱かった。背後からのしかかった時に、丁度ゾロが掴む位置なのだが、その指を骨にそって少し動かすだけで、サンジは小さく息を呑んで崩れそうになるのを知っている。
 前から襲う時は、胸の谷間の辺りの線を舐めるといい。両胸をいじりながらそこを舐めると、反応がいい。わずかに跳ねてしまう躰に、ゾロの方が熱くなることもしばしばだ。
 湯になど浸からなくても、ほんのりと全身が赤くなるのも知ってはいる。
 決して高いわけではない声を気にしてか、殺すように詰める息の荒ぎようは、かえってゾロには興奮剤になっている。多分そんなこと本人は知らないのだろう。だから一度くらいは思い切り声を張らせて、思うさまに喘がせてみたいと、実は考えているのを知ったらどういう態度を示すだろう。
 ふとまるで深淵な謎に行き当たったかのように、ゾロは瞑目した。
 確かに謎だ。
 実行してみようかと、ふと目を開けるとこちらを呆れたように冷ややかに見ている目とバッチリと合った。
「…おまえ…」
 なんだか淡々とあからさまなことを考えていたことがバレたかと、ちょっと身を引いてしまったゾロに、今度は哀れむような目線を見せてサンジは大きく溜息をついた。
 そのままシャワーで周囲の泡を流して、浴槽に滑り込む。
 大きくお湯の揺れる感触がゾロの全身を包んだ。
 サンジはためらうことなくゾロの傍まで泳ぐようにして近づくと、目線を合わせるように座り込んだ。
「…お前、ほんっと…可哀想なヤツだよなぁ」
 思わずムッとしたゾロに、サンジはうんうんと頷き、濡れた手でよしよしゾロの頭を撫でた。
「何しやがるっ」
 避けようとしたゾロに、サンジはズバリと言い切った。
「おれ見てたろ」
 本当に見ていたので、否定もできない。潔く、ゾロは頷いた。
「ああ、見てた」
「で、エロイこと考えたろ」
「……エロイというより、お前のあの時の反応とかを      
「だぁあああああああっっ!!! 黙れっっっ!!!」
 慌てて口を塞ぐと、ゾロは目を白黒させて黙った。
「おーまーえーわっ! どーしてそういうことを臆面もなく堂々と言うかな!」
「ほんほうのほほ、ひっははへは」
「くすぐってぇっ」
 塞いだまま喋られて、慌てて手を除けようとしたのにその手首を取られた。一瞬の動き。こういう時は異様に素早い。
「しょうがねぇだろうが。こんな明るい所でお前の躰見るの、初めてじゃねぇか? そりゃ見るだろう」
 よくよく考えれば、明るい所で抱いたことがない、ということなのだ。それはそれで勿体ない気がしてならない。
 多分お湯のせいではなく、サンジは赤く染まっていた。
 なんだか異様に食べ頃な気がするのは何故なのか。ただ見ている時には意識しなかった欲が、一気に躰を巡ってゾロは腕を引っ張った。
 お湯をかきわけて、張りのある肌が温もりを伴って飛び込んでくる。
「抱きしめたら見られねぇぞ?」
「このお湯が白いのが、今は気にいらねぇぞ」
「アホか。これはナミさんが持ってる入浴剤でも超一級品だぞ。有り難く使わせてもらってるんだから感謝こそすれ、否定すんな!」
 確かに最初に見た時には、気持ち良い心地になっていたのだから現金だ。
「あー」
「あーじゃねぇよ。こら、おいたはするな! するのは後!」
「…あ?」
「言葉を喋れ、この植物もどき」
「後って?」
 これだから、とサンジはゾロの胸から上半身を少しだけ離すと、ゾロを覗き込んだ。
「今日はな、おれがお前を精一杯可愛がる日なんだ。だから、お前はおれにさんっざん可愛がられて、おれを可愛がれ。そりゃもう遠慮なんていらねぇ。約束してやる」
 …どうしてこいつはこうも男らしいのだろうか。
 頭は軽い気がするが。
「そりゃ……ありがてぇな」
 思わず素で返すと、その瞬間サンジの顔が輝いた。
 もの凄く嬉しいと表現するしかないような表情で笑い、そうだろう、と抱きついてくる。
「お前はきっと分かってもいないだろうけど、この日だけはお前はおれのものだ! …皆が気を効かせてくれるのは、どうにもこうにもいたたまれないんだけどよ…」
 最後の方はくぐもって聞こえなかった、サンジがゾロの首筋に噛みついて甘噛みしつつ呟いたからだ。
「なら今でもいいんじゃねぇのか? 可愛がりてぇぞ、おりゃあ」
 ゾロもサンジの頭を鷲掴むように髪に手を差し込み、首筋の方へと指を流す。ふっと息を吐いてサンジが躰を強ばらせた。
「ダメだ。風呂にはこうやって入るだけだ。こんな所でなんかやれるか。……やるって思われてるから余計嫌だ」
「………あ?」
「分からなきゃいい。お前はアホだからな」
「んだと!?」
 はいはい、とサンジにいなされて、なんとなくゾロは黙り込んだ。そうしてサンジを腕に抱き込んで、香りの良い大きく体を伸ばせる風呂の中にいると、何故だか、笑いたくなってくる。
 どこか優しく微笑んでいたゾロに、サンジがさらに嬉しそうに目を細めた。
「今日はこうやって二人でゆっくり風呂に入って、それから夕飯はお前の好物づくしだ。夜はフランキー秘蔵の酒を開けるし、そのまま今日は…どこでやる?」
 場所を決めさせてくれるらしい。
 吹き出して、ゾロはサンジをさらに抱きしめた。
「なら、バーか?」
 アクアリウムバーはいつも人が誰かしらいるからか、一度も二人で使ったことはない。
「了解。どうせ今日は絶対皆早寝だろうからな。どこでもいいぞ」
 何故か引きつったような笑顔で言うサンジに、嫌なら別の所でと言いそうになったが止めた。了解を受けたからにはこっちのもんだ。
「……今日は…?」
 なんかあったか? と口にしようとしたゾロの唇を、そっと背伸びしたサンジが塞ぐ。
 優しいただ触れるだけのそれは、それでもゾロの全てを慰撫するかのような温もりを一瞬でもたらした。
「今日は、なんてことない、普通の日だ。だけどよ、今日という日は宝石のような日なのさ。そう、お前がおれにメロメロになった時にそう決まったんだ」
 自信満々に笑うサンジに、なんだそりゃ、と楽しそうに笑ったゾロが顔を寄せる。
「普通の日か」
「…そうだ。それが一番大切な日さ」
 そうかもしれない。こうやって穏やかに過ごせる日があるというのは、きっと一番大切なことなのだろう。
「おれがいて、よかったな、剣豪」
「…まあ、そういうことにしとくか」
「っめでと」
 唇と唇がわずかに触れ合う所で、囁きあう。
「おう」
 と告げたゾロは、そのままサンジを堪能すべく大きく口を開いて食いついた。

 どうやら、盛大なる今日のご褒美の時間は、これからもずっと続いていくらしい。
 ゾロはそれを実感して、きつくサンジを抱きしめた。

 日常と言う名の、それは宝石のような時間。
 ゾロとサンジが、計画通りにその日を過ごせたのかは、とりあえず誰もが見なかった聞かなかったを徹底したので、分からないままであった。





終了(10.11.01)




W-NEST』のユバさんの誕生日企画とゾロ誕を合わせて書かせてもらいました。
ユバさん、そんでもってゾロー! おめでとうございます。祝いまくってます!
ちなみに、頂いたお題がありまして! お題が『とにかくラブいゾロサン』でございました…ラブいかな? お題クリアしてるかな!?
とにもかくにも、目出度いことは愛でたいということで…お前それでこんな話なんかい! という突っ込みはあえてドンと引き受けます(笑)



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