希なる望みよ




 誰かがやらねばならないことだというのなら。
 きっと自分でなくてもいい、と普通に思っていた。
 誰か、という不特定多数のものなら、自分以外のもっとそれができそうな人がするのだろうと。
 気楽に傍観していたはずだ。
 けれど、あの時、目の前にあったのは誰も何もしてくれない、という現実と。それに直面している自分がしなくてはならないという、使命感と義務感と…そして不安だった。
 早く、早く、早く。
 バロックワークスという組織を調べ、この国をむしばむ者の決定的な証拠を掴み、そうと知らずに利用されている父親と…ひいては国民達を救わなくては!
 ただそれだけが、自分の中にあった。
 できるか、できないか、は考えなかった。考えたら、きっと立ち上がれなかったからだ。
 王女である自分の言葉など、その時はきっと誰にも届かないと思っていた。
 何故なら、自分は政治にかかわっているわけではなく、ただ国王の娘でしかなかったからだ。これから未来は、お前が必要なんだよ、と、ずっと言われてはいたがそれはその時ではなかった。
 自分が喚いて、こうなんだと実際のことを訴えても、誰も信じてはくれない。だって表向き、クロコダイルは国にとっては、良い人だったのだ。海賊とはいえ、七ぶ海。悪い海賊から国を守ってくれる、ヒーロー。
 現実にそう奉られ、父親でさえ感謝している人物のことを、まだなんの力もない自分が訴えたからといって、一笑に付されるのがオチだ。
 …そう思って黙って出て行ったことを反省したのは全てが終わってからだったが、あの時は考えられなかった。
 そして。
 考えられなかったことを、今は感謝している。
 あの時の自分であり、勢いがなければ、自分は国を飛び出すこともできずに、ただ悶々とクロコダイルは悪者なのにっ…と一人で拗ねて、そっぽを向いて。そう現実から目を背ける形になって、何もかもが手遅れになったはずだ。
 いや、それよりも。
 出会えなかった、あの希望の光に。
 苦しい現実の中にいると、未来が見えない。
 あの時の自分もそうだった。早くどうにかしなければ、と思い、必死にくらいつき、惨めな思いもしたし、理不尽な働きもした。
 悪いことだってしたし、こっそり泣いたりだってした。
 どんなお嬢様だったのかを身を持って知ったし、殴られたりもしたし裏切られも沢山した。それは王宮の中では経験するどころか想像一つできない、けれど紛れもない生きる人達の中での現実だった。
 民衆というものは、こういうものか。そう思い知った時間でもあった。
 何不自由なく、望むものが手に入った王宮とは違う。衣食住にいたる全てが、誰かの手になるということを目の当たりしにたのもあの時だった。
 生きていることに必死になっている人々の間に埋もれてみて、分かったことは沢山ある。それを理解したのも、また随分後ではあったのだけれど。
 ただあの時は、潜入したバロックワークスの中で生活し、実態を暴くべくひたすらにあがいてあがいて、ただそれだけだと思っていた。
 守ってくれる人はいない。焦りと不安だけが自分を支配していた時間でもあった。
 明日には手遅れになるかもしれない。明後日には、もっと怖いことになるかもしれない。
 今日が終わるのが、本当にいいのか。何も掴めないままに、時間だけが過ぎることが、余計に怖かった。
 ダメかもしれない。なんどそんな言葉が脳裏に過ぎっただろう。
 けれど、ただ一つ、自分には一緒についてきてくれたイガラムがいた。イガラムに諭され、巻き込んだ彼への責任が、辛うじて自分を留めていたくらいだ。
 本当に一人だったら、きっと途中でくじけていた。
 強くなりたい、と呻いても、自分は自分でしかなく。自分はもっと沢山のことができると信じていたのに、それができないただの小娘でしかないことも、思い知らされた。
 それでも、なんとかしなくては間に合わない。
 その思いだけが、あの時の自分を突き動かしていたのだ。
 動いたことは無駄ではなかった。…今になってみれば、そう思う。
 悶々と立ち止まっていれば、今はない。何もかも、自分が動かなければ全ては素通りしていくのだ。
 ただ自分にできることは、恐ろしく限られていたけれど。立ち止まることが出来なかった。人はそれを勇気とかさすが王女だ気構えが違うとか、後からそう言ってくれたが、違う。
 それはただ急かされる恐怖ゆえ。
 あのままでいることが、怖くて悔しくて哀しくて恐ろしくて。じっとしていられなかったのだ。
 そのまま闇にのみこまれて閉じこめられ、窒息してしまうと…いてもたってもいられなかった。 
 未来が見えないことを呪ったりもした。過去に戻れるものならば、もっともっと過去に戻って…といらぬことすら考えた。
 けれど、何を考えても考えても現実は変わってはくれない。
 だから自分は動いてみたのだ。最初の頃は、なんとかなるはずだという過信もあったけれど。

 クスリと笑い、ビビは新聞の写真を指でなぞった。
 ルフィが祈っている姿が映っている。
 信じられない気分だ、ルフィが形だけであろうとも祈る姿を見られるなんて。
 他の皆はどうしているのだろうか? その腕の文字はどんな意味なんだろう?
 一緒にいない今、自分には推測するしかできない。あそこで今彼らはどうしているのか。
 こんな大きな事件を立て続けにおこし、新聞を賑わせまくり。けれど、きっと彼らはあの頃と変わらないのだろう。
 今は、もう本当に皆は遠い。
 あの時一緒にまた飛び出していれば、きっと皆と泣いたり笑ったりしながらも必死にルフィを支えていったのだろう。
 思い出せばすぐさま飛び出して、またあの時のように動いていきたい気持ちもある。
 けれど、今の自分にはそれはできない。しようとも実際は思わない。
 背負うものもある、というのもあるが、この国を彼らが再び訪れた時に驚くくらいの国にして、心ゆくまで歓待できるようにするのが、今の自分が選んだもう一つの道だからだ。

 何も見えない真っ暗な時だった。何年という時は、本当に長く辛く感じた。
 どんなにあがいても、現実は暗く厳しく、自分のような小さな生き物には、なんの光一つ見えなかった。
 あがいている自分なんてきっと誰の目にもとまらず、このまま流されて終わるのではと、本当は思っていた。
 怖くて怖くて、誰にも言えなかったけれど、どうしようどうしようと本当は毎日毎日泣いていた。
 誰も気付いてもくれなかったし、きっと気付いても皆見向きもしてくれなかったはずだ。それぞれが自分達のことに必死で、甘えるな、という一言だけで終わっただろう。
 そんな毎日だったが、今思えば、それは自分だけではなかったのだろう。バロックワークスにいた下っ端の者達は、みんな結局は同じような立場にいたのだ。
 その場になじめば、秩序ができる。いつの間にか仲間がいたのを…後で思った時には、皆の行方など皆目検討もつかなくなっていた。
 結局一人でいるつもりで、一人ではなかったのだと、後々落ち込みもしたけれど。
 逃がしてくれた皆を忘れずに、あの時の皆が無事でいてくれればいいと、今は思う。
 本当に、あの時の経験は貴重だった。
 未来はみえず、先のことは心配しかなかったけれど。
 ただ一つ、自分を褒めてあげられるとしたら。どうにかしなければ、という焦りを放り出さず、あの国を守るのだという願いを捨てなかったということだけだろう。
 それでも最後は捨てそうになったけれども、それをすくい上げてくれたのが彼らだ。
 彼らは陽気に、当の本人の自分が揺れて信じられなくなって、蹲ってしまっていても、そんなことあるはずない、絶対大丈夫だよ、と笑い飛ばして引っ張ってくれた。
 それは小さな小さな光で、暗闇に押しつぶされそうな代物でしかなかったのに。
 光は消えなかった。
 とても単純に、光は光なのだ、と笑っていた。
 見えない闇をすいすいと危なっかしく渡り、それでも絶対大丈夫、なんとかなる! そういって進んだ。
 ダメだった時はどうするの!? と思わず叫んでも、その時はその時だ、とけろっとしていた。
 なんでそんなに脳天気なの!? とやっぱり叫んでも、笑って笑って…ただ笑って。
 信じることを忘れていた自分に、わずかな光をくれたのだ。

 小さな小さな光は、今も胸に灯っている。
 その光を移してくれた、小さな光達はもっと大きな闇にこぎ出しているのだろうに。
 きっとやっぱり光は光だと笑って進んでいるのだろう。
 だから心配はしない。
 移された光を、ちゃんと灯して。ここにも光があるよ、と今度はきっと照らし返してみせよう。

「…早く、一周して遊びにきてね」
 笑って、ビビは告げる。
 闇の中からの復興はどん底からだけに、実は明確だった。
 ビジョンはある。光はあるのだから、後はそれに向かって進めばいい。

 不安と闇と先の見えない恐ろしさだけが支配していた時にも、それだけではないのだと。見方さえ変えればいくらでも道はあるのだと。
 教えてくれた沢山の出来事と、彼らの光がある。
 諦めない先に見える光、それは、引き寄せる希望という名の光。
 なーに、なんとかなるって。そういって笑って進んだ彼ら達。闇の中で彼らこそが光りだった。
 それはただ…生きているという、その一点のみを心に持つ、その光でもあったのかもしれないけれど。
 その時には見えないものも、いつかは形になるのだ。
 それはきっともっと先の。
 やはり見えない、未来という時間の中に存在するのだから。
 道しるべに光りをもって。
 荒波を渡りきる小さな船に、乗り込んで。
 ここにも光はあるよ…と、走っていこう。
 時間は進む。
 進んだ先にある未来めざして。
「一緒に今度はいきましょう、ね」
 紙の上にしか見えない遠い彼らに、ビビは笑う。
 それでも彼らは仲間で、一緒に走ってくれているから。

 希なる望みのその果てまでも。
 彼らは自分を引っ張ってくれる。
 小さいけれど、確かな光を持って……。




終了(11.3.15こうかい日誌内にて)




3.11東日本大震災に寄せて。
アラバスタ編が今異様に身に染みてます。王の言葉が、背を押してくれるようで。
それを思い出したら、なんとなく書きたくて仕方なくて書いてみました。
(日誌より抜粋)
今、私にできることを…ということで、こちらにも上げさせて貰います。



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