愚者達の贈り物





 海の上は自由だ。
 周りには青い蒼い海が広がり、鮮やかな空の青を映して無数の宝石よりも美しい煌めきを瞬かせ、白い雲は影を投げかけほんの一時の休息場所を作ってくれる。
 流れる風は全身をなぶって通り過ぎることで、いくつもの風音と船を進める為の力となって帆を膨らませて布音を奏でていく。
 春から夏、そんな季節を彷彿とさせるそんな海域。
 天気は快晴。大きく崩れる様子すら見せない。
 甲板に作ったパラソルの下で、のんびりとくつろぐナミの様子がある。とにかく暫くはこのままの天気が続くことは確かなんだろう。
 周囲には航行の邪魔をする物は何もない。360度ぐるりと見回しても、水平線が広がっているだけだ。
 船が進んだ後ろだけが航跡となって、しばしの間だけ直線を描き出しては、わずかな波を作って消えていく。
 だが、船は立ち止まらない。
 大きな海では、どんなに大きな船を造っても、結局は小さい小さい代物でしかない。
 指針だけを頼りに、ただただ真っ直ぐ前に向かっていく小さなライオンを頭に持った船は、惑うことなく進んでいく。
 そこには自由が服を着て歩いている、わずかな乗組員達が集う、奇跡の場所。
 そうして、本来なら潮風しか感じられないはずの船に、人の生活する上でかかせない、温もりのある香りが漂う頃、空はほんの少し降り注がせる光をオレンジ色に染め変えようとしていた。


「邪ー魔すんじゃっっね      っ! クソゴム      っ!」
 サニー号の二階部分に当たるダイニングのドアが大きく開いたと同時、赤い塊が勢い良く飛んでいった。
 船首部分にいたらしいリーゼントの海パン男が、「うおっと!」とわめいて船首にぶつかりそうな塊を慌てて受け止めると、塊は人になってへにょんと舌を出し床に落ちて潰れた。
「…はらへったー」
「おいおい、船長。今日はダメだって、あんなに釘刺されてただろう」
「けどよー、おやつ…あれだけって…」
 リーゼントの目が細められ、げんなりとした顔つきになる。今日のおやつはアイスクリームだった。
 量としては、十分どころか大量だった。
 本日の航海中の気温と季節…これが数時間ごとに変わったりすることもある…からすれば、ナイスチョイス。暑すぎはしないが、汗もかき冷たいものが美味しいくらいだった。
 ただ何事にも適量というものはある。その適量を超してしまったのは、一重にこの船長が暴れたからだ。
 その大量のアイスクリームに躰が冷えてしまったフランキー以下数人のクルーは、おやつの後暫く日向ぼっこをしていたくらいだった。
 ただ、ルフィが潰れてしまうのはしょうがない。
 今日の朝も昼も、どちからというと消化の良いものが多かった。一応腹持ちが良い物もあったのだが、いかんせん、ルフィにかかっては意味もなし。結局おやつの時間に暴れての増量となったのだが、これがアイスクリームだったのは誤算だったろう。
 お腹を壊すような繊細なものがいる船ではない。ただ、腹持ちはまったくもって良くないものの典型でもあった。
「今日は大人しくしとくって、あの航海士のねーちゃんとも約束しただろう。ナミの言いつけ守らねぇと、後が怖ぇぞ」
「聞こえてるわよー! フランキー。ああ、それからそこで干からびてる船長、なんだったらマストに吊しててー。良い具合に乾かして少しは大人しくなってもらわないと、ホント困るわ」
 ひでぇ! と横の芝生に俯せになってゲームに興じていたウソップとチョッパーから非難が上がるが、ナミの一睨みで口をつぐんだ。
 船だけでなく人の操縦技術も素晴らしい。
「今日は特別だって言ってたでしょう! 邪魔したら、夕飯も抜かれるわよぉ。今日はサンジくんの渾身の料理が出るはずなのに」
 どこか楽しそうな言葉に、エッエッエッと笑うチョッパーの笑い声が響く。
「サンジびっくりしてたけど、嬉しそうだったよな」
 思い出せば、皆の顔がほころんでいく。
「あら、楽しそうね。何を話してたの?」
 女部屋から本を片手に現れたロビンが、サングラスをかければ、同じようなタイミングで何故か滑り台に寝そべっていたブルックも起きあがってきた。
 ちなみにブルックが滑り台に横になるのは、角度の研究らしい。
 あまりのばかばかしさに、誰も突っ込まないでいるのだが、当の本人は楽しいらしいのでいいことになっている。
 ナミの横のチェアーにロビンが座れば、ナミは手元にあったポットを引き寄せた。今日は給仕はいないので、各自が自分で飲み物等はサーブすることになっているのだ。
 微笑んだロビンは、ナミが注いでくれたコーヒーに柔らかな礼を告げた。
「おれもコーシー…」
 フランキーの足下で唸ったルフィに、仕方ないわね、とナミはもう一つ足下の籠からカップを取り出して注いでやる。
 途端にフランキーを押しのけて、一瞬でルフィが腕を伸ばして飛んでくる。
 見事にナミの前に着地すると、ルフィはナミとロビンの足下にどっかと腰を下ろしてナミが差し出すコーヒーを受け取った。
「皆さんは、この間のスリラーバーグを出たばかりの時のことを話してたんですよ。あ、ナミさん私にもコーヒーをお願いします。猫舌なので、熱いのは勘弁してください、ってわたし舌ないんですけどーっ!」
 はいはい、と実に軽くいなしてナミがまた足下からカップを取り出す。けれど、今度はロビンの腕がテーブルからポットを取り上げ注ぎ込んでいく。
 知らない人が見たら卒倒するような景色だが、それがこの船での普通の景色だ。
 やたらと背の高い骨格標本のタキシード姿が歩み寄って、とても紳士的な礼をみせる。そのままコーヒーをズズズとすするから、速攻ナミから鉄拳が飛んだ。ついでに足下でコーヒーを音をたててすすった船長にももれなくヒール込みの蹴りがたたき込まれていた。
 その間一秒にも満たない。素晴らしい鉄拳制裁。
「ああ、あの時のことね。確かにあれは面白かったわ。ああいうのを不意をつかれたっていうのかしら?」
「それは違うと思うぞ、ロビン」
 的確な突っ込みが入ったが、頭はすこぶる良いくせにどこか天然のロビンは「あらそう?」と首を傾げてみせた。
「でも、やっぱり楽しかったわ。…今日が天気でよかった…」
 たんこぶを大きく膨らませて撃沈している二人を余所に、ナミもフランキーもチョッパーもウソップも空を見上げた。
 綺麗な青空はどこまでも澄んでいて、すがすがしい。
 今日という日には、とてもふさわしい天気だ。
「今日はおあつらえ向きに、満月近く。夜もこのまま晴れるはずだから、きっと夜空も綺麗よ」
「そりゃあ、何よりだ…花火の一発くらいは打ち上げようって思ってるんだけど、いいよな」
 陽気に答えるウソップは、どこか上目遣いに女性陣を見上げた。
「あら、素敵じゃない。それは楽しみだわ」
 無邪気にロビンが言えば、ナミも笑った。
「そういえば、どこかで修行したことがなかった? ウソップ。そういうのなら、夕飯時でもいいし、いくらでもやりましょうよ! あ、ここにテーブル出してもいいわね。照明器具もってきて、夜はここで夕食ってのも楽しいわ」
 酒は大盤振る舞いが決定している。けれど、決定しているのはそれだけだ。
 航海中にクルーが誕生日を迎えることは度々ある。皆もう何度も経験しているだけに、誕生会は絶対に外していない。ただ、乗組員が増えた分、パーティは多くなってしまったので、月単位でまとめるようにはなってしまった。
 けれど、それはそれ。
 誕生会とは別に、当日にはそれぞれがおめでとうを口にするし、その日にプレゼントも渡している。
 娯楽の少ない航海をより楽しくしているのは、そういったクルー達の優しさも加わってのことだ。
「まさかこの年になって、おれも誕生日を聞かれて祝われるとは思ってもみなかったぜ、スーパー過ぎて泣けてくるっ」
 言いながらも笑うフランキーに、加わったばかりのブルックもうんうんと頷いた。
「まだわたしの番はきておりませんが、とても楽しみです…あ、プレゼントはマドモアゼル達のパンツを…」
「見せるかーっ!」
 見事な回し蹴りが起きあがったブルックを吹き飛ばした。
 ナミの怒声に被るように、ヨっホホホホホホホッてっきびしー! という叫びが聞こえたが、相変わらず皆は無視だ。
「ま、今回は今まで一番嬉しい誕生日になるのかもな、サンジにもさ」
 なんとなく、皆で一斉に頷きあう。
 今回は少しだけいつもの誕生日と事情が違った。前回辿り着いたのは島でもなく大きな船で、しかも人造ゾンビの群れが横行する場所だった。
 毎度のごとく大暴れして、結果新しい仲間まで加わってさらに賑やかになりはしたが、ダメージも大きかった。
 そして何よりも、プレゼントには欠かせない物資の補給ができなかったのだ。いつもいつも、些細なものでもいいからクルーは誕生日の者達に小さなプレゼンとを渡すことにしている。それは実はサンジの発案だったりもしたのだが、いつ何時危険が及ぶか分からない自分達を知っているだけに、全員が賛成しまくって決定したことだった。
 実際はもっと素直に、おめでとうを言うだけではなく、何かを残してやりたいという一人一人の気持ちの発露でもあったのだが、そんな野暮を口にするような者達でもない。
 驚くことに、満場一致、一番面倒そうな顔をするだろうと思っていた剣士までもが、あっさりと同意したのは初期メンバーには驚きの思い出だ。
「ふふ、驚いたわね」
 何を差しているのか分かっているからこそ、全員が笑って頷く。
 出航してすぐ、近くサンジの誕生日が来るが食料はたんまりあっても、プレゼントがないっ! と気付いたサンジ除く全員が、サンジが風呂に入っている間だけ、急いでアクアリウムバーでに集まって話合ったのだ。
 物がないことはこれまでも度々あった。不測の事態ばかりが続く海だ、そういうことの方が多いくらいだ。
 だから今までだって、お手伝い券だの、本人を王様にしたててみたり、やって欲しいことを言わせてみたり…等々等。結構なことをやってきた。
 だが、どういうわけか、妙なタイミングとしか言いようがないが、それがサンジの時が多かったのだ。
 一度やってしまったことを今回も…とは、とてもじゃないがやりたくない。
 本人はそれでいい、と喜んで言ってくれるだろうが、それでは皆が嫌なのだ。
 この船で一番仕事が多いのは、どう考えても食担当のサンジだ。あり得ない食事量を要求する化け物船長まで抱えているのだから当然だ。ここで同じ事などしたくはない。絶対にない。
 しかもどうも少しだけ、サンジがスリラーバーグからこっち意気消沈している気がするから尚更だ。
 今あるのは、豊富な食材。そしていつの間にか積み込まれていたお宝。後は船の補修用の木材、ウソップが集めたガラクタ、フランキーの鉄くず、ロビンの本、チョッパーの薬草、ナミの測量器具、ブルックのバイオリン、ゾロの刀三本とルフィは麦わら帽子一つ。
 どれもこれも本人にのみ必要な代物であって、物は異様に少ない。
 旅人らしいといえばそうだが、こういう時には代用どころかどうしようもない。
 そんな時、それまで無言で話を聞いていたゾロがぼそりと提案したのだ。
「食料あるなら、それ使わせて本人が作りたい料理作りたいだけ作らせたらどうだ?」
 聞いた瞬間、全員がポカンと口をあけた。
 そういえばそうだ。
 基本パーティでは、当事者が食べたい物を作り、そして後は皆のリクエストが主体となっている。料理を作ることを呼吸をするかのごとく受け止めているサンジにしてみても、それが普通のはずだ。
 そこにサンジの希望はあんまり入ってはいない。今までの本人の誕生日の時も、皆の食べたいものを作るのは幸せだとかなんとか言って、結局いつもサンジが全員の希望を聞いて料理を作っていた。
 あんまり沈黙が続いたからか、どこかばつが悪そうに、ゾロは続けた。
「食料に余裕あるなら、あのコックが作りたいと思ってるものを心ゆくまで作らせてみるのも、プレゼントになんじゃねぇかと…思ったんたが…あー…忘れてくれ」
 場違いな意見をしたかと、不機嫌そうにそっぽ向く剣士というのも久々に見た。
 照れているのだろう。思わず皆で大笑いしてしまったのだが、結局、それいいっ! と全員が大賛成の声を上げ、あっさりとその案が通って現在にいたる。
 あの一連の出来事は確かに見物だったし、驚いた。まさかゾロがそういう提案をするか、ということにも驚いたけれど。正直、何故今までそれを誰も思いつかなかったのかと、後で全員が首を傾げたのも確かだ。
「なんだかんだいって、サンジくんのこと一番よく分かってるのがゾロってことかしら?」
 頬杖つきながら、ナミがダイニングの方を見上げれば、通風口から細い煙が上がっているのが見える。
 今頃中では、サンジが楽しそうに料理しまくっているのだろう。
「おいおい…そういうことは思ってても口に出すなよ、ナミ〜」
 苦笑してウソップもさらに上体を起こしてダイニングを仰げば、いつの間にか皆が優しい笑顔でその場を見つめていた。
「プレゼントって、沢山たくさんの形があるんだなぁ。物だけじゃないんだ。おれもっと沢山のプレゼント渡せるようになりたいなぁ」
 チョッパーの帽子の上を、優しい掌がなでていく。
「そうね、私もそうなりたいわチョッパー。頑張りましょう」
 二人で手を合わせて頷きあうロビンとチョッパーに、ヨホホと骸骨が笑う。
「おれ達の方が幸せかもな!」
 ニシシとルフィが笑えば、全員が力強く頷く。
 今日のパーティは何が食卓に上るのかも分からない、びっくりパーティ♪ と歌うルフィに、ブルックが早速節をつけてバイオリンを奏で出す。
 クルーが食べたいものではなく、サンジが作りたいものを時間かけてもいいから、沢山つくってくれ!
 そう告げた時のサンジの顔は、この船全員への確かなプレゼントだったろう。

 この場にはいないもう一人を前に、きっと今頃キッチンは戦場だ。
 昨日、どこか憮然と、けれどきっぱりと明日は1日ゾロを貸してくれ。と皆の前で言い切った男らしい姿も併せて。
 サンジが今日という日を幸せに感じてくれるなら、それが一番の贈り物。

「んじゃ、夜のパーティの為にセッティングしましょうか」
 ナミが言えば、おおーっと賑やかな声が上がる。
 灯りは、テーブルは、クロスは? と勢い良く動き出す。
 空は快晴、気分は上々。航海に問題なし。
 生まれてきてくれて、ありがとう。
 それだけが谺する、そんなささやかな1日の出来事    


 

終了(11.3.2)




ど根性で間に合わせました。おめでとうサンジ。19歳バージョンですが、精一杯お祝いしてます。
………例え主役がまったく出てこなくてもね………おめでとう! T_T/



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