日常風景 3




 夢を見ていたような気がする。
 目を開けた瞬間眩い日差しが視界を焼き、ゾロは何度も目をしばたかせた。 
 真っ昼間の甲板は、無秩序だ。
 何故か半裸のフランキーはコーラ片手に、奇妙な形の道具を振り回しているし、骨がその横で踊っている。やはり半裸のルフィがそれを、あひゃひゃひゃひゃ、と笑い転げながら見ているし、チョッパーは真剣にブルックの骨に見入っている。
 最初の頃、どうやってこのブルックの健康を診断すればいいのか、と本気で悩んでいたこの船の船医は、観察するうちに別の興味を惹かれてしまったらしく、一時骨を調べさせてくれと追いかけ回して大騒動を起こしたことがあったのだ。
 泣いて怖がる骨という世にも珍しいものを見せてもらったので、他の者達がとくとくとチョッパーを説得して追い回すことは諦めさせたのだが、どうやらまだ虎視眈々と狙ってはいるらしい。
 ナミとロビンの声が頭上の方から風に乗って微かにするので、きっと花壇の方で二人して何か話しているのだろう。
 ついでに小さな金属音もする。二人の傍には、ウソップ工場もあるはずだから、そこにウソップもいるらしい。
 となると、もう一人はキッチンだろうか。
 のそりと躰を起こすと、「うわわ」と小さな声が頭上から聞こえ、ついでにガサガサと騒がしい音が続いた。
 片眉をひょいと跳ね上げ、数歩後ろに退く。
 今まで自分がいた場所めがけて、人が降ってきた。しかも空中で軽く躰を一捻りして、背中から落ちる体勢を上手くかえして芝生に着地する。
 まるで猫のようなしなやかな動きだった。
 残りの一人だ。
 金色の毛並みのその男は、ちらりと肩越しにゾロを見上げ、ちっと舌打ちする。
 ヤり損ねた、とその顔がはっきりと告げている。
「逃げるなよ、そのまあるい芝生に着地しようと思ったのに」
「アホか」
「んだと、こらっ!」
 威嚇してくるコックを、けれどゾロはマジマジと見下ろした。
「どうでもいいけどな、お前、なんでまた木の上なんかにいたんだ?」
 ぐっ、とサンジが押し黙る。何やら言いたくない理由があるらしい。
 無言で見ていたら、わずかに俯いていた顔が赤くなっていく。なんだか美味しそうに見えるその色の変化を楽しみながら、じっと見続けていると、ギッと人を射殺しそうな視線が返ってきた。
「わーるかったな! 木登りしてみたかったんだよっ!」
 目を見張ったゾロは、そういえば、と数日前の記憶を引っ張り出した。
 その日は終日雨で、しかも半日は嵐を避けるのに駆けづり回り、酷く慌ただしい日だった。嵐は抜けたが雨は止まず、結局ずっとラウンジやアクアリウムバーに全員で篭もっていた。
 あの時、なんの話の弾みでか、小さい頃にやったことのある遊びの話になったのだ。全員遊ぶというよりは、やるべきことを必死になってやっていたが、それでも遊びの記憶はある。その中で一番遊びの記憶が少なく、さらに船で過ごしていたせいか、陸での遊びが少なかったのがサンジで。
 その中でも、木登りをしたことがない、という話題で盛り上がったのだ。
 上れないわけではない、そんなことは皆百も承知だ。ただ、木登りで遊ぶということがなかったことを、残念がった記憶がある。
 なるほど、となんとなく思えば、悔しそうにサンジがスパスパと煙草を吸い出す。
 ある意味とても分かりやすい男なのだ、サンジという男は。
「競争しなきゃ、面白くねえだろ、どんな木でもよ」
 ニカ、と思わず笑いが漏れる。
 ゾロでさえ木登りで遊んだことはある。道場の仲間と必死に競争した時は、それはそれで楽しかった。
 きょとん、とこちらを見るサンジに、まるでガキ大将のような顔で、ゾロは顎で木を示した。
「どんな小さな木でも、な」
 ニッとサンジも笑う。
 そうして、二人して一斉に木に飛びついた。
 奇妙に白熱した小さな木登りの開始に、枝が折れる! いけっ、と仲間達から怒声と煽りと笑いが飛び出す。
 思わず二人して笑いながら、相手をお互いに足蹴にして邪魔をしたり、腰を引っ張ったりとあらゆる手をつかって登っていく。最後の枝を掴んだ二人は、てっぺんに同時に顔を出した。
 思わず顔を突き合わせ、ニヤリと笑い合う。
 確かに、楽しい。
 賑やかな下からの声を受けながら、二人は最後の枝の葉陰に顔を隠し、笑いながら小さなキスをした。


11.10.23終了




『ゾロサンはじめてプチオンリー【RAINBOW★HUNTING】』にて配布しました、ペーパー小話です。
 一応、はじめてというお題に添って、木登り…みたいな?←何故疑問系!
 小さな日常風景ということで、楽しんでもらえたら嬉しいです。



のべる部屋TOPへ