新世界バレンタイン




 かなりびっくりした。
 男部屋で一番最初に起きるのはサンジだ。だからというわけではないが、大概サンジは起きるとまず部屋に異常がないかの確認をとる。
 実はカマバッカにいた間に身についた習慣でもあったのだが、それは口が裂けても言えない。
 意識を失っているということが、あそこ程脅威であり恐ろしいことだ、という実感はさすがに抜くことはできなかった。考えてみれば海賊で、船上生活。それくらいの心構えがあってしかるべきだったのではないか、と今更ながらにサンジは思ってもいた。
 しかし、そうは思っても、夜の見張りもいるサニーはあの頃と比べれば天国のような場所で。
 夜番を引き受ける事が多いゾロに至っては、寝ていても戦闘の気配だけは逃さないという天性の戦闘探知機でもある。
 だからやはり、朝起きて部屋の異常を確かめてしまうのは、習慣なのだと言える。

 そのサンジは起き上がったまま、呆然と自分の枕元を見つめていた。
 窓から差し込むわずかな明かりにも負けず、ボンクの木枠と枕の間に小さな箱がある。
 そっけない仕様だが、確かにそれは存在感を持ってそこにあった。
 いつ置かれたのだろう? 
 昨夜自分が寝入った時には、既にボンクは不寝番のルフィとトレーニングだと言って戻ってきていなかった剣士を覗いて全員横になっていた。
 当然女性人も、まだ仕込みをしている時にわざわざ「おやすみなさい」と挨拶していってくれていた。
 なので自分が一番最後と言うと語弊はあるのだが、大体最後だったのは確かだ。
 その時には枕元にこんな箱はなかった。
 そっと手に取ってみると、さほど重さもない。けれど、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐり、はっとサンジは目を見開いた。
 自分の他には誰も起きてすらいないはずなのに、思わず辺りを見回し、寝息といびきが聞こえるのを確認し、急いで箱を握り占めるといそいそと起き出した。
 大慌てで身支度を調え、物音を立てないように部屋を出る。
 出た後、部屋の様子を覇気まで使って探ってみたが、起き出す気配一つなかった。
 

 ダイニングに飛び込むように入り、どこかガランとしているように見えるキッチンの端に駆け込む。
 胸が異様に高鳴っていた。チラリとキッチンにおいてあるカレンダーを見れば、今日の日付にはハートが描かれている。甘い行事の日には大きくハートを。
 つまり今日はバレンタインデー。
 自分の記憶では男性から女性に花や小さなプレゼントを渡すのがこの日の習いだったはずだが、イーストでは女性から男性へのチョコレートに託した愛のプレゼント、といった風習になっていた。
 所変われば品変わる。
 そんなところなんだろう。バラティエの時もそれで随分とあれこれ企画した記憶もある。
 大元がイースト出身の者達が多かった麦わら一味でも、それはなんとなく引き継がれていたが、形としてはチョコレート三昧の1日になる、といった食い気だけの代物としてだけだ。
 今日が2月の14日なのは間違いない。
 何度確認してみても、カレンダーの日付は間違ってはいない。そして枕元には甘い香りのする小さな箱。
 これがチョコレートでなくてなんだ。
 愛の告白でなくてなんだ!?
 しかもたったあの短時間でだったが、サンジの枕元以外には、その箱はなかった。
 ということは、これはサンジの為に送られた品物だということだろう。
 ナミさん奥ゆかしい!!
 あ、ロビンちゃんかな!? いじらしいッ!!
 くねくねと身悶えしながら、思わず目尻が下がる。
 寝静まった所をそっと枕元に置いていくなんて…なんて可憐なことをしてくれるのだろう。
「あああ、あいのこくはくぅうううう!!」
 ついつい押さえきれずに叫び、サンジはそれでも手つきは優しく箱を開いていく。
 そのたびに甘い匂いが強くなり、ドキドキが高まっていくのを止められない。
 そっと最後の包み紙を開いた瞬間、サンジは目を見開いた。
 「な…んだ、こりゃ…」
 岩石?
 いや、甘い匂いがするそれは、石などではないはずだが、見た限りただの石にしか見えない。
 しかも拳程度にも満たないそれは、本当にそこらにあったら蹴り飛ばすことすら忘れて通り過ぎてしまうかもしれない。
「…んんん?」
 けれど、サンジはすぐにそれをつまみ上げ、日差しが差してきた窓に向かって少し掲げてみた。
 そうして、何故か、ハハ、と口元を綻ばせる。
 岩石とは言い得て妙。これは原石の方が近い。
 これはまだチョコレートでもない。その前の段階の、カカオマス。一応、ある程度の調整はされているのだろうが、まだまだチョコレートになるには遠い代物だ。
「……やっべ…」
 手にしたまま、へなへなとサンジはその場にしゃがみ込んだ。
 ナミやロビンからだったら、こんなものは来ないだろう。というか、最初から分かっていたような気もする。ナミやロビンならば、きちんと面と向かってチョコレートをくれるはずだ。いくらマイホームであるサニーの男部屋であったとしても、いくら気を許しまくった仲間といえど、寝ている枕元にこんなものを置かれてサンジが起きないはずもない。特にナミ達ならば。
 それが出来るとすれば…。
「………くっそぅ……」
 船長に剣士の二人くらいか。
 けれど、船長がこんなことをするはずもない。となると残りは一人。
 きっと昨日出港した島で手に入れたから、持って来たのだろう。あの島は丁度バレンタイン目前の祭りに賑わっていた。カカオマスがあっても不思議ではない。
 どうやって手に入れたのかは分からないが、これは剣士からの代物だろう。
 蹲るサンジの耳に、微かに重い足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。
 それを聞き取ってしまったから余計、顔を伏せてしまった。
 まさか、こんな洒落たことを出来るようになっていたとは。
 大した進化だ、ロロノア・ゾロ。

 ドアが開く音がする。
 ガチャリと刀が立てる特異な音もして、横柄な足音が近づいてくる。

 カカオマス。まだチョコレートにもなりきれないそれは、コックにしか必要のない…コックの為にだけあるチョコレート原料。
 絶対そんなこと、ゾロ自身が知っているとは思えない。けれど、原料ならコックだろ、と単純に思いつく事ならあり得るだろう。
 声がかかるその一瞬前、サンジは小さく俯いて呟いた。

 あいのこくはく

「コック」
 多分、この塊の完成を拝めるのは、たった一人だけだと実感してしまったのが、きっと今日という日の意味。
 今日という記念日の1発目、飛び出したサンジはゾロへと岩石のような塊を放り投げ、受け取ろうとしたその腕に、小さく投げキッスを送って笑った。



終了(2013.2.14)




ブログに書き殴ったバレンタイン突発小話でございました。
なんか書こうという気は沢山あるんですよ…追いつかないだけで…orz



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