夏の盛りが過ぎたような、気怠い日差しと無駄にうなるような気温で出迎えたその島は、規模からいってもかなり小さな島だった。
 島影は緑一色。覗いた望遠鏡の奥では、覆い尽くすような緑の森の群れが青い海に反抗するかのようにぽつねんと浮かび上がってた。
 緑は大地の命の色。
 そう囁いたのは、背の高い考古学者で。
 傍にいたその色を持つ剣士は嫌そうに顔をしかめたが、何も言わなかった。
 確かに、前の島を出てからある程度の日数は立っていた。前の島では次の島までの情報は皆無で、グランドラインの島々が交流を持つことなく独自に発展していっているということを、改めて思い出させてくれた。
 長い時間、大地の色を見ていない。
 確かにクルーは大地とそれを覆う命あふれる緑に、飢えていた。
 島影が見えた途端、今までにない歓声を上げたのは当然だっただろう。

 小さなその島は、細長い形をしているようだった。
 どういう偶然か、突端にあたる場所を目指して進んだ船は、そのまま緑生い茂る島へと誘い込まれるように入っていったのだ      





足音





 本当に小さな島だった。
「多分、目測で測っただけだからなんとも言えないけど…外観とこの地図から考えても、この島は歩いて一周するのに2日程度ってところかしら。船なら1日でぐるりと回れそうね」
 緑生い茂る島は、目を見張る大樹に覆われた島でもあった。
 大地を覆うように茂る木々は見たこともないものが多く、その大半は常緑樹のようだ。
 気温は晩夏というのにふさわしく、生ぬるい風がじっとりとした湿度を伴って船をすり抜ける。しかし、久しぶりに嗅ぐ濃い緑の香りはそれだけで、航海に疲弊した精神を和らげてくれるようだ。
 まずは人が住んでいる島なのかどうかを調べなくては、と嬉しそうに言ったナミは、しかし次の瞬間目を見張った。
「ルフィっ!?」
 メリーの船首の上という定位置にいたルフィの躰が大きく一度揺れたかと思うと、ぐらりと倒れたのだ。
 咄嗟に手を伸ばしたナミの腕によって、辛うじて海に落ちる寸前引き戻されたルフィは、そのまま甲板に倒れ込んだ。
 その音とほぼ同時に、
「おいっ」
 焦ったようなゾロの声がして、ふぁさ、と何かがこすれたような音。
「チョッパー!?」
 鋭いサンジの声が響き、残った全員が互いへと視線を流し合い、呆然とした。
 甲板に転がったルフィは大鼾で寝込け、支えたゾロの腕の中ではロビンが眠り、サンジの抱えた腕の中ではチョッパーが鼻提灯を膨らませてはしぼませて眠っている。
「何これ? どういうこと?!」
 叫んだナミに合わせたように、見張り台に立つウソップから声が響いた。
「港だっ! 人が住んでる街があるぞ!」
 思わず、全員が島を仰いだ。
 そこには、明らかに人工的に作られた小さな港らしき木造の停船場が、ほんの少し霞んだ視界の奥に忽然と現れていた。

 急いで停泊の準備をし、港の一旦に錨を下ろした4人は停泊の交渉をするより先に倒れた3人の様子を
見にリビング兼キッチンに集まった。
 見たところ、ただ眠っているようにしか見えないが、本当にただ眠っているのかどうかの判断がつかない。
 医者であるチョッパーが倒れたのが一番痛い。
「おい、チョッパー! チョッパー!」
 思わずといった様子で揺するサンジを慌てて止めようとしたナミは、小さなトナカイが「ううーん…」と唸った瞬間、平手で頬をはたいた。
「ひっでぇ…」
 思わず呻いたウソップに、残りの2人も追従する。が、それもナミの一睨みで収まった。
「チョッパー!」
 叫んでその名前を呼べば、うっすらと船医は目を開けた。
「…なんかいてぇぞ…あ…ナミ…おは…」
「おはようとか言ったら、もう一回ぶっ飛ばすわよ! ちょっと大丈夫なの?」 
「だいじょうぶって…? ああ…ねむ…い…」
 そのまますうっと意識が遠のくように、眠ってしまう。
「ちょっと!? チョッパー!」
 それからはいくら揺すっても起きようともしない。見かねて、サンジがそっと止めると、ゾロがロビンを揺り起こした。
「あ、てめっロビンちゃんに何しようってんだ!」
「おいっ、起きろ!」
 肩を掴んで大きく揺すると、やはりうっすらとロビンが目を開ける。
 どこか朦朧とした様子ではあったが、ロビンはゆっくりと大儀そうに自分を見つめる仲間を見ると、険しく眉根を寄せた。
「…おい、どうしたんだ?」
 覗き込むゾロに、僅かに首を振ってみせ、幽かな声で囁いた。
「わ…わからない…ただ…眠いの…。眠いのよ…」
 それだけをどうにか告げると、そのまま引き込まれるようにロビンは目を閉じた。

 とりあえず、3人はただ眠っているだけらしい。
 ルフィにいたっては、一旦サンジが食べ物の匂いを誘い水にナミにはたかせて目を開けさせたが、食い物に辿り着く前にまた寝入ってしまうという状況だ。
 起こせばどうにか目を開けるが、抗いがたい強烈な睡魔に襲われて、すぐに眠り込んでしまうらしい。
 ただ眠っているというのなら、先に停泊をきちんと済ませて対策を練った方が良い。
 とりあえずまずはできることを…ということで、3人を女性部屋に寝かせ、4人は島に上陸することにした。
 海賊旗は入港する前に、とあえずしまっている。例え気付かれても普段なら気にはしないが、今は3人もの原因不明の患者を抱えている、用心にこしたことはなかった。
「誰か1人は残って、あいつらの様子を見ていた方がいいな」
 心配そうに提案したサンジにナミも同意して、まずはウソップが居残り、ゾロ・ナミ・サンジが船を下りることになった。そうして、ようやく彼らは島へと足を踏み入れることができたのだ。

 港には、人だかりができていた。
 しかもかなり遠巻きにこちらを伺っていて、誰も近寄ってこようとはしない。
 訪れる人が少ない島なのか、とまどう雰囲気が酷く明確に伝わってくるようだ。
 が、ナミが船から姿を現した瞬間、大きなどよめきにも似た気配が一瞬にして島人達にわき起こった。
 思わず当のナミがたじろぐ程の、それは嫌に生々しい、今にも襲いかかりそうな気配に満ちた視線だった。
「…なんだ、ここは」
 ちっと吐き捨てるように呟いたのは、あまりにもぶしつけな視線を寄こす大衆からとっさにナミを背後に庇ったサンジだった。それに追従するように、ナミの背後をゾロが挟む。
 久々の大地を踏みしめたというのに、これでは喜ぶどころではない。
「余所者を歓迎しない土地らしいな」
 静かに辺りを見回したゾロがそういうと、サンジとゾロの間に挟まれたナミが肩を落とした。
「問題だらけって感じね」
 こちらを見る人々の視線は、どこか胡乱で、酷く排他的な暗さが潜んでいる。その上、今は一種狂乱じみた気配までがわき上がっている。
 どうやら、ナミに反応しているのは間違いなさそうだ。
 3人は町並みやこちらを遠巻きにしている人々をへ素早く観察の目を向けた。木造の建築物が大半を占める住宅街は古ぼけた印象があるが、どこにでもある町の姿とそう代わり映えはしない。ただ、取り巻く人々の、あまり見たことのない衣服が目についた。
「変わった服ね」
「あれは着物だ。こんなところで目にするとは思っても見なかったが…いや、少し…形が違うか?」
 答えが返ってくるとは思いもしなかったナミは、驚いてゾロを見上げた。サンジが答えたなら、ここまで驚きはしなかっただろう。よりにもよって、ゾロが服に関して答えたことに目を丸くした。
「知ってるの?」
「厳密には違うのかもしれねぇが、俺が育った村の服と似てるんだよ」
「あ、なるほど」
 こちらもかなり驚いたらしいサンジが思わずといったように呟くと、ジロリとゾロが睨んできた。
 それを視線で跳ね返し、サンジは遠巻きにしている島人へと再び視線を返した。
 原色に近い色合いの服は誰も着ていない。渋い落ち着いた色合いばかりで、周囲の濃い緑色に紛れれば滲んでしまいそうだ。腕の辺りなどは大きく布がとってあり、あれは温度の調節をしてくれるのかもしれない。
 胸元で重ね合わせて、腰や腹に巻いた布で留めて、下には布をたっぷり使って作ったような大き目のズボンらしきものをつけている。
 ふと、サンジは目を眇めた。
「…レディの姿が…見えねぇ…」
 その言葉に、残りの2人は一瞬呆れたような顔をしたが、はっと辺りを見回した。
 集まっているのは、すべて男ばかりだ。しかも、こちらは老若問わず。
「…女の人がいない…」
 呆然と呟いたナミがなんとなく身震いし、無意識に小さく一歩下がろうしてゾロに突き当たる。ビクリと反射的に見上げた先には、静かにナミを見下ろすゾロがいる。そのどこか心配そうな静かな視線に、ナミはほっと息をついた。
 なんだか異様な雰囲気の中で、目の前にはサンジの背中と背後にはゾロ。
 それだけでナミは自分の位置がきちんと守られていることを感じて、大きく息を吸う。
「ナミさん…」
「大丈夫よ、サンジくん。心配しないで」
 向こうからの視線は益々強くなっている。それに、彼らは徐々にこちらに近づいてきている。
「おい、クソマリモ」
「ああ」
 ゾロの手が静かに刀へと伸びたその時、不意に別種のざわめきが均衡を崩した。
 人垣の一部崩れ、道をつくるように集っていた人が別れると、そこから1人の人物が歩み寄って来るのが見える。
「…おでましか?」
「多分ね、ちょっとどいて、サンジくん。私が話をするから」
 前に出ようとしたナミの求めに従って横にどいたサンジは、ゾロと並んでナミの背後につく。いつでもナミを庇い飛び出せる位置。それだけでもかなりな威圧感を与えるが、戦闘を意識した2人から醸し出される雰囲気は、一瞬で周囲を取り囲もうとしていた島人達を牽制した。
 近づこうした島人達が、後ずさる。
 一瞬歩み寄ってきた人物も足を止め、後ずさろうとしたが、彼だけは踏みとどまった。
 見つめる3人の前に歩み寄ったその人物は、酷く色鮮やかな色彩の衣服をまとっていた。
 白色の着物の上に薄い浅黄色の上着を重ね、下には濃い青色のスカートに近い布を巻いている。歩いている時に足運びから見れば、スカートではなくとりあえずはズボン形式らしいが、あまりにも布を多く使っているからか一見しただけでは分からない作りになっていた。
 近くに歩み寄る姿はかなり慎重だが、確かで力強い。この島での権力を握っていると、一目で判断できた。見たところ、老年にさしかかる前くらいの年齢か。
 つるりとした顔をきつく強ばらせた男は、先頭に立つまだそう年端もいかぬ女性に一瞬だけ目を見開き、苦しげに目を閉ざした。
「…こんにちは。言葉は通じるのかしら?」
 とりあえず、そう声を発したナミに男は目を見開き、沈鬱な表情のまま小さく頭を下げた。
「海を渡る旅人が来たのは、十年ぶりになる。…言葉が通じるようで幸いだ」
 ナミの言葉にきちんと皮肉混じりに返したことで、ナミはやっと肩の力を抜いた。とりあえず、普通に話が通じるようだ。
「よかったわ。実は私たちのクルーが急に倒れて困っているの、出来ればログが溜まるまでの停泊の許可と医者を紹介してもらえないかと思ったんだけど…」
 言いながら、くるりと視線を遠巻きの人々に流す。そんなナミの仕草に、男は幽かに顔をしかめた。
「…倒れた? …どんな症状なんだ? まさか流行病のような…」
「そんなんじゃないわよ。もしそうなら、港になんか船をつけないで小舟でこっちに渡るわよ。そうじゃなくて、本当にいきなりこの島についたら倒れたの。眠ってるみたいなんだけど、原因が分からなくて…」
 憤慨したように言うナミの語尾が曖昧に掠れる。サンジがそっとナミの肩に手を置くと、ナミは軽くサンジを見かえして微笑み、その手を摘んだ。
「ああ、眠ったのなら、倒れた者は能力者だろう。悪魔の実を食べた、悪魔の力を得た者。違うか?」
 拍子抜けしたような男の言葉に、今度はこちらが呆気に取られた。
「そうだけど?」
「なら、問題はない。それはこの島のせいだ。この島には、能力者を寄せつけない力がある。この島に悪魔の力は入れない。だから能力者はこの地では無力になる」
「…どういうことだ?」
 それまで無言だったゾロが唸るように声を上げると、男はぎょっとしたように身を強ばらせた。
「無駄に凄まないでよ、ゾロ。で、本当にどういうことなの?」
 軽くゾロをいなして再度尋ねるナミに、男はマジマジと視線を寄こし首を大きく横に振った。
「どういうもこういうもない。この島に入った能力者は例外なく眠りに入る。意思の強い者はたまに起きることはあるが、まず強力な眠気に抗えないはずだ。長時間起きていることはできないだろう。それがこの島の力だ」
 絶対の自信を持ったその言い方に、3人は顔を見合わせた。
 要するに、この島ではなんらかの原因により悪魔の実の能力者を眠らせる作用があるらしい。倒れたのは、間違いようもなく能力者である3人なだけに、疑いようもない。
「…ログは2週間で溜まる。能力者はこの島から離れれば眠気も去るだろうが、ここに停泊している限り眠り続けることになる。どうしても、というなら、この島の突端にある小島にでもその倒れた能力者を連れていくことだ。その島ぐらいなら、多少眠くとも昏倒することはない。だが、ログはその小島では溜まらないので注意することだ」
「随分と親切なことで」
 煙草を銜えながら半ば胡乱気に呟いたサンジに、男は目をやると静かに頷いた。
「できるだけ早く、この島から立ち去ってもらいたい。正直に言えば、この島は旅人を歓迎しない。…旅人によってもたらされた災いがあまりにも大きかったからだ。君たちが何者なのかも問わない…例え海賊だとしても」
 ちらりと背後の2人を見る視線は、明らかに海賊と断定してるものだ。だが、そんな視線は当たっているだけに、3人には何の感慨も与えない。
「もし滞在するというのなら、宿泊施設もない島なので家を一軒貸そう。だから、できるだけ早く、問題を起こすことなく、出て行ってくれ」
「正直ねぇ。分かった、私たちもそんな居心地の悪いようなところはできるだけ早く出て行くことに努めるわ。でもね、ここまでちょっと長い航海だったから、色々と物資は補給したいの。それもさせてもらえないのかしら?」
 ナミのこれまた正直な提案に、男は本格的な苦笑を漏らした。
「島の人々には、私から滞在許可を出したと告げておく。そうすれば、普通に買い物くらいはできるだろう。…ただ、彼らは酷く臆病だ。あまり騒ぎを起こすようなことは…」
「しないわよ。でも、そっちがあんまり私たちを理不尽に扱えば、私らだって怒ったりはするわよ?当然でしょ? その辺りは重々言い含めておいてね。できるだけ私たちも穏便に立ち去りたいんだから。特に、この後ろの2人、怒ったりしたら手が付けられないから…」
 わざとため息混じりに言うナミに、苦虫を噛みつぶしたようにそっぽ向く剣士とわざとらしくニヤリと笑う金髪の青年。男は2人を等分に眺めると、小さく頷いた。
「了解した。…では、島にようこそ、と言っておこう。ようこそ、ミヨコクへ。早い退去を願う。私はこの島の神官を務めるラサカという。何かあった時には、私に言ってくれ」
 そう告げ、男はナミへと強く視線を定めた。
「な、なに?」
 その視線の強さに、思わずひるみそうになったナミを庇うように、背後から温かい手がそっと添えられる。
 二本の手の温もりにナミが小さく目を見開くと、男は痛みを堪えるように小声で囁いた。
「あなたはこの地に残ってはいけない。小島に船を停泊させて、この島に立ち入ってはいけない。…この島は、今はもう…女性が生きていくことは不可能なのだから…」
 そう言って、男は手を差し出した。



「あっきれた!」
 未だに腹に据えかねるらしく、ナミは船に戻っても怒り心頭といった様子で島を見下ろした。
 まだ遠巻きにこちらを見ている男達の姿が見えるが、誰もこちらに近寄って来ようとはしない。それを確かめて、ナミは安堵の息をつく。まるきり覚えのない代物ではなかったが、あからさまな欲望に満ちた視線をああも沢山の大衆から受ければ、それはやはり暴力だ。
 いざ面と向かって相対すれば、負ける気はしないが、そういう問題ではない。
「まあまあ、仕方ないってナミさん」
 苦笑混じりになだめるように言ったサンジは、手早く煎れたコーヒーを優しくナミに手渡した。
 多分サンジが言っているのは、男達のことではない。当初からのナミの憤りの元のことだ。
 あの後ラサカという男が差し出した手に、ナミは友好というより契約の為の握手かなにかを求めたのかと握り返そううとしたのだが、意に反してそれは停泊料を出せという実にシンプルな要求であった。
 船はこの島の突端にある場所につけることにしたのだが、それでも停泊料は取られ、ついでに宿泊料までもを取ると要求されたのだ。宿泊料に関しては背後で見ていた2人が仰け反る程の交渉をしまくったナミだったが、さすがに停泊料を値切ることはできなかった。
 なによりそこを値切れば、停泊中の物資補給にまで影響が出そうだったからだ。
 少なくない料金を取られたナミの機嫌は勿論急下降の一途を辿ったし、ラサカの忠告に従うならナミはこの島には上陸できない。というより、しない方が本当にいい。
「気にすんな、見ているだけなら害はねぇ」
 大きな欠伸をしながら、のんびりと確信へと切り込むゾロをジロリと流し見、ナミは肩を怒らせた。
「わかってるわよ、そんなこと。でも気分は良くないわよ!」
 視線の暴力は思った以上に乱暴で力がある。怒ることでしかそれを跳ね返せないナミに、ゾロは分かっていると頷いて未だに遠巻きにこちらを見る島人達を見回した。
 船は突端の小島に停泊させなくては、早晩起きている人間にも危険が起きそうだ。しかし、そうすると誰かがこの島に2週間は滞在しなくてはならなくなる。
 結局船の修理用の物資補給を済ませたウソップと、2週間分の食料調達を済ませたサンジが用事を済ませたところで一旦島を離れた一行は、突端の小さな小島に船を繋いで眠り込んでいた3人を起こした。
 全員が揃ったところでこの島の現状と状況を説明し、簡単に話合った結果ゾロが主軸となって島へと滞在することに決定したのは、もう当然の成り行きといってもよかったのかもしれない。


 小舟を漕いで島に改めて向かいながら、ゾロは半ば憮然とした様子で目の前にいる男へとため息混じりに呟いた。
「…なんでお前が来る…」
 ゾロの腕に巻かれたログポースの似合わなさに、うんざりとした表情を隠さないサンジはさらに表情を険しくさせ、剣士を睨み付けた。
「ああ? 随分な言いぐさじゃねぇか、この万年迷子野郎めが。1人じゃ目的の家までも辿り着けねぇ癖して、よく言うぜ」
「んだと、こらっ。1人で十分だってんだ。お前はナミ達の護衛に回るんじゃなかったのかよっ! あいつらの食事とかの方がよっぽどテメェには重要なんだろうが!」
 怒り心頭といった様子でいいながら、その内容はかなり的を射ている。
 サンジはほんの少し驚いた表情を浮かべると、小さく苦笑した。
「当然だな。俺の最重要事項は、ナミさん達の護衛とあいつらの食事にある。けどな、買い出しとか、そういう補給もあるんだよ! ついでに、お前の食事もあるだろうが」
「アホ、俺は島にいるんだ、適当に食事くらいどうとでもなるだろ!あいつらの方がお前が必要だろう」
 乱暴な言い方ではあったが、ゾロの言葉はサンジを認めていると公言している。
 マジマジとゾロを見つめたサンジは、ふいと視線を逸らすと胸元から煙草を引っ張り出した。
 ゾロが自分を認めているのは、今までの航海でも知っていた。たまに零す言葉や態度に、なんだかんだと喧嘩しながらも、彼が自分のやるべきことをきちんと理解していることも分かっていた。
 しかし、ここ暫く、そんなゾロが微妙に自分から距離を取り始めたことに、何故かサンジは気付いた。
 それはともすれば『気のせい』で片付けられそうなくらいの変化だったが、サンジには大きな変化として映ったのだ。
 普通に話かければ話返す。喧嘩をふっかければ乗ってくる。けれど、ふとした時に寄こされていた視線が減った。ラウンジに来て、酒を飲むペースも、ゾロから話かけてくる頻度も、自分がゾロの姿を見る回数も、何故かここ暫く減ったのだ。
 ゾロが自分を避けている。
 明確ではないが、そう考えるしかない小さな変化に、サンジが愕然としたことなど、きっとこの剣士は分かっていない。
 愕然としたことに、さらに愕然とした自分に、ゾロが気付くはずはない。
 だからこそ、島に1人行くことになったゾロに、サンジは同行することに決めた。
 小さな変化のその意味と、自分の知らない自分のこの感情を見定める為に。
「ナミさんとロビンちゃんからも、特に丁寧にお前のことをお願いされたんだよ。仕方ねぇだろう、お前1人だと下手したら2週間待っても戻ってきやしねぇ可能性はあるし、お前はお前で、結構なトラブルメーカーだし、賞金首だしな。あそこにウソップというのも、なんか場違いな気もするし」
 ウソップでも問題はないとは思うが、確かに場違いな気がするのはどうしてだろう。
 多分あの島の雰囲気と…どこか漂う陰湿な空気が、あの健全で陽気な男には不似合いなのだろう。
 それでも憮然としているゾロに、「今更決まったことでブツブツ言うんじゃねぇ!」と軽い蹴りを入れると、サンジは近づいてくる島に向かって、大きく煙りを吐いたのだった。

(2006.8.15)







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