怯えるチョッパーを上機嫌になだめ、サンジはゆっくりとした足取りで船尾へと向かった。
手には大振りのジョッキにレモンを搾って作ったそこそこ冷えたレモネード。
チョッパーに頼まれた、という大義名分があれば、堂々と鍛錬中だろうがゾロに近づける。
外にでると、昼間とは違って少し肌寒い風が吹いていた。とりあえず、良い風が吹いているということで、今晩はこのまま進路を保って航行するらしい。グランドラインの天候に慣れたナミが天気は崩れないだろうと予測し、こういう夜を迎えれば、確かに島が近いという実感が湧く。
これがグランドラインのまっただ中だったら、夜の航行はよっぽどの注意がないと危ない。いつなんどき、どんな目にあうかわかったものじゃないからだ。
空を仰ぐと、丸い紙を半分くらいに破ったような月が丁度頭上に登ったところだった。
月とまるで砂を振りまいたかのような星々が空を覆っている。 いつ見ても、見飽きることのない夜空にサンジは目を細める。
いつもより、明かるい空は、浮かぶ雲すらもうっすらと浮き立たせていた。
そして、船の奥では、この夜空の美しさを冒涜するかのような、巨大な鉄の塊を振り回す男の姿がある。
「…げんなり…」
わざとそう呟くと、三千台を数えていた男の手が止まった。
「邪魔すんなよ」
「うっせ、ボケ。休憩しやがれ」
言いながら手にしていたジョッキを見せると、思わずといった様子でゾロは鉄串を下ろした。
「珍しいな、おい。お前がさ…」
「ぃ言っておくが! 『酒』じゃねーぞ」
2人の間を奇妙な間が落ちた。
沈黙。
そのまま、2人してにらみ合う。
「……ジョッキを見たら酒かよ。お前随分貧困な頭してるよなぁ」
「……わざわざジョッキに持ってくるお前に言われたくはねーな……」
怒りをたたえた声音に、ニヤンとサンジが笑う。
「そこは分かるのか、偉いえらい」
「てめっ!」
吠えようとするゾロに、サンジは軽く手を振って静かにするように合図すると、背後のキッチンを顎でしゃくった。
「アホ、もういい時間なんだから静かにしてろよ。ついでに言うと、そこそこの量の入る容器はホントにこれしかねーんだよ。まあ、半分わざとだけど」
ほい、と軽い仕草で手渡すと、サンジは甲板の手すりにもたれて胸ポケットから煙草を取り出した。
一本を引き出し、銜えて火をつける。一連の仕草はよどみなく、それをいつもサンジがしていることを強く意識させた。
「甘さは控えたが、その分ちょっと酸味があるぞ。そのくらいあった方がお前にはいいだろう?」
受け取ったジョッキをまじまじと見下ろし、ゾロはほんの少し匂いをかぐ。その仕草が慣れない獣のようで、サンジは苦笑して肩を竦めた。
「いいから飲めよ。…あんまりチョッパーに心配かけんな」
それで納得したらしい。ゾロは小さく礼を取るようにジョッキを掲げると、すぐに口をつけた。ほんの少し仰け反るようにして飲むのに合わせて、喉が大きく動く。その豪快な動きに、なんとなく目を吸い寄せられる。美味そうに、ゾロは喉を鳴らし、上下させて飲んでいく。酒を呑む時もそうだが、こういうものでもゾロは本当に美味そうに自分が用意したものを口にしていく。
ゾロの姿に、サンジの顔には満足気な笑みが広がり苦笑に取って代わる。
本当に、こういうのは嬉しいのだから仕方ない。
ゾロはちらりとサンジを見ると、一瞬だけ目を見開いた。が、一息にすべてを飲み干し、ふうっと満足気に大きく息を吐いた。
「うめぇ」
「当然だろ、俺がわざわざ作ったんだから」
「そうか」
「そうだよ。もう全部片付けて、これから風呂入るかと思ったところだったんだぜ」
ふかしている煙草を上下に揺らして、どこか楽しげにサンジはもたれかかっていた手すりの上に乗ると腰を下ろした。ゆったりと足を組み、ゾロを見る。
「俺の飯は美味いだろ?」
「自分で言うのかよ」
何を言おうとしているのか分からず、ゾロは手持ちぶたさにジョッキを揺らして片目を眇めた。
「言うさ。美味いもん食わそうと一生懸命作ってるんだからな。その上、こうしてクルーの心配に配慮して、優しくも差し入れなんぞを作ってやったりもする」
ゾロは伺うようにサンジを見つめ、大きく息を吐いて肩を落とした。
サンジは楽しそうにそんなゾロを見ている。
何故かは分からない。だが、いつからか、結構自分達は他のクルーとはまるで違う意思の疎通を図るようになっていたことに、この時サンジは気付いた。どうやら、それにゾロも気付いたらしい。やるせなく天を仰ぎ、ゾロはもう一度息を吐くと今度はしっかりとサンジを見た。
「思わせぶりに頼み事するんじゃねーよ」
ビンゴだ。
ははは、と声に出して笑うとゾロは苦虫を噛みつぶした顔をして、ジョッキを投げてよこした。
片手でそれを受け取り、サンジは笑みを深くする。
「礼をしてくれよ」
「はあ?」
「お・れ・い。ここはレストランじゃねぇ。代価をもらってサービスと食事を売る場所じゃねーし、俺は好きでお前等に美味い飯を食わせたくて作る。だからお前等は美味そうに食ってくれれば、それでいいんだ。でも、俺は、お前に礼をしてもらいたい。というわけで、要求する」
「ぜんっぜん意味がわからねぇ」
言い切るゾロに、サンジはふと真顔になった。
「わからねぇか? 本当に?」
ゾロはわずかに口元を引き締めた。そのまま、じっとサンジを見つめる。その強い視線をサンジは楽しげに浴びて、ジョッキを指先で回してみせる。
「もし、礼をしてくれたら…そうだなぁ、俺も礼をするよ」
「…んだそりゃ」
諦めに近い様子で呟くゾロを置いて、サンジは手すりから飛び降りるとキッチンへと戻ろうとして、唐突にその足を止めた。
「なぁ」
ゆっくりと、サンジは振り返る。一瞬月が雲に隠れて、暗闇が濃くなる。ゾロの姿がほんの少し闇に沈み、同時
にサンジの姿も闇に溶けそうになった。
だが、それもすぐに終わる。
わずかな風の音と共に雲がながれ、月光がそっと辺りを包み込み、サンジの髪が風になびいて鈍く輝いた。
同時に、ゾロの姿がくっきりと浮かび上がり、動いた拍子にピアスが光りを弾く。
「…まだ、続けるんだろ、それ」
囁くように告げる確認に、ゾロの口元がくっと上がる。
「ああ。まだ途中だからな」
ふぅん、と気のない様子で呟いて、サンジは今度こそ本当に歩き出した。
それを見送り、ゾロはやれやれと鉄串に手をのばし、ふと空を見上げた。
「…天の邪鬼…」
どっちもどっちだ、とナミかロビンあたりが見ていたら呟いていたかもしれない。
『てーきーしゅーっ!!!!!!』
大音声が響き渡り、早朝の船は強制的に覚醒させられた。
陽は既に登り、朝焼けの残りが水平線の奥にわずかに残って見えていた。
「んぁあ?」
男部屋から顔を出したルフィが、眠りかぶった表情のまま大きな欠伸をこぼす。
「まだ早ぇじゃん…」
言いながらもとりあえず飛び出すと、その後ろからこちらも大欠伸をしながらもゾロが出てくる。
「お前ら何余裕ぶっこいてんだよ、ありゃ絶対敵襲だっ! 四時の方向! すげぇ勢いでこっちに向かってくる! ゾロそっちじゃねー、右だ右っ!」
拡声器からけたたましくウソップの指示が飛ぶ。ゾロがジロリと睨み付けたが、見張り台にいるウソップはスコープをつけて遠くを見ている。
「海軍か? あ、ゾロ、ルフィおはよ」
最後に登ってきたチョッパーは人間サイズになって、目元をこすった。
「おう、おはよぅチョッパ〜」
緊張感の欠片もなく答えたルフィは、再度大きな欠伸をするとウソップに叫んだ。
「おーい。海軍なのかー」
「いや、違うな…ありゃ海賊旗だ! ドクロのマークが見える! 海賊だっ!」
「いよっし、お宝っ!」
勢い良く扉を開けて、ナミが出てくるとすぐにその後ろからロビンが現れる。2人ともとりあえずきちんと着替えているが、急いだのだろう、ほんの少しナミの髪が跳ねていた。
「おはよう、もう確認できるのね」
ロビンがほんの少し顔を上げて示された方向を見やる。その奥の方から一隻の船が猛スピードでこちらに近づいて来るのが見えた。
「結構でかい船だ! 乗ってる人数もかなりいるぞ! どうする? ルフィ!」
叫ぶウソップに、ルフィはふわわわ、と特大の欠伸をするとがっしりと隣に立つゾロの腕を掴んだ。
「おーい、サンジぃ!」
「なんだー?」
キッチンから出てきていたサンジが普通に返すと、ルフィはいたずらっぽく笑ってゾロの掴んだ腕を振り回しながら肩越しにサンジを見る。
「どうする? いくか?」
「そうこなくっちゃな!」
ひょい、と手すりを乗り越えて飛び降りてきたサンジがルフィの横に立つ。ルフィは文句を言うゾロに笑いながら掴んでいた手を離し、掌を何度か開閉させた。
「あ、そうだった。ナミさん、今パンを焼いてるんで、もし遅くなるようだったら、よろしくお願いします」
「わかった。その代わり、お宝みつけたらよろしく!」
「はあぁぁあいっv 待っててね〜ん」
目をハートにして叫ぶサンジに、ゾロが呆れた目を向けつつ、ルフィの肩に手を回した。すぐにサンジもそれに習って、反対の肩に手を回す。
「んじゃ、行くぞー!」
ゴムゴムのおぉぉぉっ、と叫ぶルフィの腕が面白いように伸びる。
笑いがこみ上げるのか、にしし、と続く声は本当に楽しそうだ。伸びた腕が、近づいてくる船の側面に届いた。
「いってくるぞ〜っ!」
飛び出した3人に、残りの四人が手を振る。襲撃を受けようとしているとはとても思えない、それはのんびりとした風景だった。
のんびりとした風景だからと言って、ではのんびりしていていいのか? と問われれば、勿論そんなことはなく。
襲撃船は一隻だったが、その規模はメリー号の5倍以上は確実にある船だ。
もし接舷させられて、乗り込まれたら、こちらも総力戦になる。しかし3人の様子は伺わなくてはならない。
できればある程度の距離を開けたまま、戦闘の様子を見つつ救出か退路を確保か、それらを行わなくてはならないのだ。
「チョッパー、舵お願い。ウソップー、どう? なんだったら、ロビンに替わってもらって、大砲の準備とかした方
が…」
「ちょっと待て!」
相手船の様子を伺っていたウソップが、身を乗り出すように相手甲板を見据え小さく首を振った。
そうして、ひょいっと、下のナミ達を見ると今度は大きく腕を伸ばして相手船を指さす。
「なーんも必要なさそうだぜー! 見てみろよー!」
はあ? と船縁に並んで相手船を見た全員は、大きく息を吐いた。
見ている間に、小さなツブツブがバンバン飛んでいくのが見える。あの粒一つ一つが人だというのは確認するまでもなく分かるのだが、その勢いが尋常じゃない。
「あらあら、数はいるようだけど…」
呆れたように言うロビンに、ナミもははは、と力無く笑う。
「うわー、景気よく飛ぶなぁ」
感心したように言うチョッパーには、同意するしかない。
「烏合の衆、って奴かしら? 船長さん達、戻ってきたら暴れるんじゃない?」
不吉なことを予言するロビンの言葉が聞こえたかのように、また甲板から大量の粒が飛び跳ねた。
「つっっまんね っ!!!」
叫んで伸びた足がわらわらわらわらと湧いてくる一団を一斉に跳ね飛ばす。
なんというか、もの凄く手応えがない。よいしょっ、と大きく脚を回転させて、無防備としか思えない男共を吹き飛ばし、サンジは煙草の煙を大きく吐き出した。
「なんつーか、こういうのを期待外れって言うのかね」
ゾロなんぞは手ぬぐいすら巻かないまま、刀も二刀のみでつまらなそうに、だからこそだろう豪快に湧いて出るかのような野郎共を吹き飛ばしている。
「しっかし、人数だけはいるもんだな。おい、ルフィ、お前船尾の方に行って全部吹き飛ばしちまえよ。こっちは俺たちでやっとくから」
乗り込んですぐに、船長及び副船長らしき男共をあっさり吹き飛ばしたルフィである。
というより、たまたま飛び込んだ場所に船長達がいたのだ。そりゃあ礼儀として最初に相手するのが当然だろう。
真っ先に吹き飛んだ船長に、では抵抗するのはむなしいと乗組員が降伏するかと思えば不思議とそういうことはなく。何故か次から次へと、わらわらわらわら湧いてくる男達は一斉に自分たちに向かってくる。
しかも、やたらと…弱い。
3人が強すぎる、と言えば聞こえはいいが、どうやらこの船に乗る者達はレベルは低くとも、人数で攻撃をしかけてくるタイプだったらしい。
「一気にこの船潰したら駄目かな?」
「そんなことしたら、お宝まで駄目になって、ナミさんにどやされるぞ! いいから片付けてこいよ。疲れもしないだろう、この程度じゃ」
「へーい」
のんびりと返事をして、ひょいひょいと腕を伸ばしてマストに飛び移る。そのまま後方に飛んでいくルフィを見送り、サンジは襲ってくる男共を片足でまたしても勢い良く蹴り飛ばした。
こんなことなら、残って朝食の準備をしていた方がどれだけマシだったか。
ため息をつくと、いつの間にか近くに来ていたゾロが「おい」とこちらものんびりとした声をかけてきた。
「珍しいな。とりあえず戦闘中に。どうした?」
答える声もどうにも緊張感がない。だが、ゾロはそんなことお構いなしに、攻めてくる男共を剣圧を高めて吹き飛ばし、サンジを見た。
「礼をしろ、と昨夜言ったな」
「…ああ。言ったな」
「今から礼をする。お前はそこで見てろ」
はたと振り上げていた脚を下ろし、サンジは戦闘を放棄してゾロへと躰ごと意識を向けた。
「なんだ? そりゃ。こいつら片付けるのが礼とか言うんじゃないだろうな? そんなら却下するぞ」
「却下ありかよ!」
ご丁寧に突っ込んで、ゾロはわずかに肩を落として息をついた。
「まあ、とにかく見物してろ」
そう言うなり、あろうことかゾロは手にしていた刀を鞘に収める。
ざわりと2人を取り囲んでいた男共から狂気じみた気配が上がった。が、ゾロはそれらを一睨みで牽制し、一歩前に足を進める。
カツ、と不思議な程強く、ゾロの立てた足音がサンジの耳に入った。
こんなに人がいるのに、そういえばいつしか音がしなくなっている。なんとはなしに辺りを見回せば、周囲を取り囲んだ男達が手に手に得物を構えたまま、硬直したように立ちつくしているのが目に入った。
呑まれている。
無手になり、ただその凶悪と評される眼光と気配だけを持って立つ男に。
ゾロはただ静かに、しかしその身に底知れない闘志を沈ませて立っているだけだというのに。
格の違い。
多分ここにいる男達は、それを今、身をもって味わっているのだろう。
遠くで、ルフィが思い切り暴れている音がする。
サンジは胸ポケットから煙草を取り出し、一本銜えて火をつけた。
何をするつもりか知らないが、見物すると今決めた。
「そんなに言うなら、見ててやるぜ。 ロロノア・ゾロ」
わざとその名を呼ぶ。
微かに目の前の男が笑った気配がした。
その名に反応したのは、周囲を取り囲む海賊共も同じだった。
自分たちが相手をしているのが、高額賞金首の一人だと分かったのだろう。明らかに怯む気配と動揺が走る。だが、逃げることは許されなかった。
目の前の男が、逃げさせる道を用意させなかったのだ。
ほんの少し顔を上げた、その仕草一つで。
硬直した男共の前で、ゆっくりとゾロの手が左腰に差す一刀に伸びる。
彼が手にしたのは、純白の刀。
和道一文字。
柄を掴み、大きく腕を回して引き抜いたそれは、朝の陽光を浴びて一瞬眩しい輝きを流した。
すっ、とゾロの背筋が伸びる。
一刀を手に、ゾロは刀を構えた。
両手で。躰の中心に。
ゾロの纏う空気が変わる。猛々しさが消え、まるで風一つない湖面を見るかのような静寂。
サンジは目を見張った。
この姿を見たことがある。
そう昨夜も見た。半月の下、すべての静寂を纏うかのように立ちつくし、刀を振るうその姿。
「一の段。 参る」
ゾロの声が凛と響いた。
「う…うわぁああああっ!」
突如、まるで発狂したかのような声をあげて、ゾロの目の前にいた男が飛び出した。
円月刀といわれる刀を横凪に振り回して走ってくる。ゾロの足がすっと前に伸び、ゆっくりと振りかぶった抜き身の刀が大上段から振り下ろされる。
刀身の差もあるのだろうが、無防備な動きに見えながらゾロの刀は飛び出した男を一刀の元に斬る。
鈍い音はしたが、血が飛び散ることもない。違和感を感じてゾロの刀を見てみれば、刃を返して峰を使っている。この場の男達には、斬る価値すら見いだしていないのだろう。
一人が倒れた瞬間、次の一人が飛び出してきた。
まるで次は自分の番だとでもいうように、誘い込まれたように向かってくる。
今度は相手が大上段から斬りかかる。それを横に一歩動いて避け、下から今度は逆袈裟に切り上げた刀で相手を断つ。
ゾロの動きは止まらない。
次から次へと一人、また一人と男共が飛びかかってくる。
両手を前に突き出し、一人の肩を突いた刀を足を引くことで抜き取り、そのまま常態に戻しながら、下に切っ先を下ろした刀は手首の捻りを利用して大きく真横をなぎ払い、横から来た男をはじき飛ばし、その反動を利用して刀は上段に構えなおされる。
見覚えがある。
どれもこれも。
滑らかに、まるで舞うようにも見えるこの動きは、サンジが毎晩のように見ている彼の訓練そのもの。
痛いほどに感じる緊張感は、ゾロのもたらすものだ。
下ろした刀をそのままに、片足を伸ばして上体を低く保ち、振り回される刃をかいくぐり、その懐を捕らえるように足と刀を逆の方向になぎ払う。
刀に吹き飛ばされた男とは反対にいた男が、ゾロの足になぎ払われて吹き飛ぶ。
そのままゾロは手首を返すと上から振り下ろされた一刀を切り上げて弾き、持ち上がった刀をそのまま振り下ろして男の肩口を叩きつけた。
サンジは呆然と…ただ呆然とゾロの動きを見つめた。
見つめるしかできなかった。
男達はゾロの動きに合わせるかのように、斬りかかっていく。そうさせられているのだ。わずかに次の指示を隙をわざとみせることで出し、一人また一人と相手を呼ぶ。
それはとても不自然なのに、ゾロの動きがあまりにも滑らかな為に、気にもならない。
寸分違わずゾロは夜の訓練を、この場で実践している。
身に纏う静寂を破ることなく、男共を斬り倒し、しかし、滑らかにまるで舞うように。大胆なくせにどこか繊細な。
神経の行き渡った五体が魅せる、流れるような……それはゾロと刀との対話。
倒れる男達には目もくれず、ゾロは流れる。
朝日を弾く銀の刀身、ゾロを彩る金のピアス。無表情な彼の顔に、時折投げかけるその微かな光さえもが、サンジの目に焼き付く。
ああ…。
吐息をついたのは自分だろうか?
立っていることが不思議だ。
ゾロの鋭さを増していく動きに、目が離せない。
息が苦しい。まるで、彼のもたらすこの空気がサンジ自身を断つかのようだ。なのに、躰の奥から熱いものがこみ上げる。
手が震えている。いや、全身が。
ゾロが斬り上げる刀に、その切っ先に、刀身が弾く光に、ただ魅せられる。
ゾロに。
凄絶。
初めて、彼の訓練を見た時にも、確かにそう思った。
その言葉が、サンジをもう一度貫く。
いつしか、最後の一人になっていた。
涙目で立ちつくすその男は、ゾロが目を向けた瞬間、まるで操られたかのように突進してくる。
ゾロは大上段に刀を構えた。
そうして一歩進み出ると同時に、無造作とも思える仕草で刀を振り下ろす。
仰け反った男が、そのまま仰向けに倒れていく。
それが、本当に最後だった。
「ひゅぅっ、ゾロすっげーなぁ!」
脳天気な声が一瞬にして空気を拡散させた。
刀を鞘に戻したゾロが、ゆっくりと振り返る。
呆然と立ちつくすサンジの後ろ、マストにぶら下がりルフィが満面の笑みでこちらを見ていた。
「片づいたのか? ルフィ」
なにもなかったかのようにゾロが声をかけると、「おうっ」と軽い返答が返る。
それに笑って頷き、ゾロはゆっくりと立ちつくすサンジの方へと近づいた。
「…コック?」
俯きがちに立ちつくし、ピクリとも動こうとしないサンジに、ゾロがいぶかし気に声をかける。
瞬間。
「てっめぇええっ! やっぱ気付いてたんじゃねーかっっ!!!!!」
渾身の一撃が見事に決まり、ゾロが遠く彼方に吹き飛ばされていく。
「おおおおっ! サンジもすっげー!」
片手を目の上にかざして眺めるルフィの脳天気な言葉が、すべての戦闘終了を告げたのだった。
その後。
お宝があまりなかった敵船にナミが暫く不機嫌だったり、暴れ足りなかったらしいルフィが珍しくふてくされたり、蹴り飛ばされたゾロがひたすら憮然としていたり、と確かに騒動らしきものはあったが、それはいつものこととして。
ただ珍しく一番の不機嫌だったのが何故かサンジだったりしたために、クルーは彼の機嫌を取ることに終始してしまい、この襲撃がうやむやになったことだけが、戦闘不参加居残り組の話題になったりした。
まさかその不機嫌の根本原因がゾロの『礼』をルフィに見られたから、と気付くものがいるはずもなく。
それでも、暫くすれば日常は流れ出す。
そしていつしか、夜も遅いキッチンや甲板で時々話込む剣士とコックの姿が、見張りの者に目撃されるようになっていくのである。
途中何を書こうとしているのか、忘れそうになった自分に完敗。
机の前で刀を持つ形をして、腕を振り回して確認しつつ書いてる姿はやっぱり人に見せられないお話後編。
果たしてこれはシリアスだったのか、お笑いだったのか。やっぱお笑いか。
最後まで読んで下さった方に最大級の感謝を。
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