舞闘 3
[2]




 昼間の騒ぎはいつの間にか収束し。日が落ちる頃には全員がキッチンに集まっていた。
 良い匂いが充満するキッチンは、サンジの指示の元温かな料理が並べられていたが、いつものごとく、夕食の場は戦場だ。
 というより、若干一名のせいで戦場にならざるを得ない…と言う方が正しい。
 なるべく全員で食事は取る! という船長の言葉に、何故か船長が言うなら、と同意しまくった仲間がいて。いつの間にかサンジは給仕をしつつも皆と一緒にちゃんとテーブルにつく、という今まで経験のない食事をすることになっていた。
 最初はとまどったそれも、慣れればかえって楽で。ここは営業を主とする店ではなく、船という仲間と一緒に生活する場所だという認識を改めて感じたりもしていた。
 バラティエを出てから、新しいこと、知らないことを一つづつ積み重ねていくことが楽しい。
 多分それはここにいる全員が感じていることだとは思うが、その一員としてきちんと居場所が用意されているという事実は、サンジをむやみに嬉しがらせている。
 とはいえ、
「なんでそう人の物取ってまで食べようとするかな、お前は」
 言いながら綺麗な回し蹴りで伸びてきた手を蹴り放つ。
 給仕の為に立ち上がった一瞬の隙をルフィが狙ったのだ。
 ルフィの腕があり得ない角度で天井に激突し、落ちそうになったところで縮んで戻る。
 手をさするルフィはちぇーっと唇を尖らせて、樽ジョッキからビールをあおった。
 それを目の端に捕らえながら、サンジは踵を返してキッチンに向かう。
 誰にも言ったことはないが、ルフィはゴムだからか、腕や躰を蹴った時の感触に微妙な柔らかさがある。それが幼い頃に客に貰って遊んだボールと同じ感触のような気がして、下手をすると何度でも蹴りたくなってしまうのだ。さすがにそれはまずいので、ぐっと我慢しているサンジだった。
「ご飯は奪って食うもんだ! でないとなくなるっ!」
「「「なくならねーよっ!」」」
 被害に遭った男どもから盛大な突っ込みを受けながらも、ルフィは口を満杯にしながら首を傾げる。
 本当に不思議そうなその仕草に、サンジはため息と共に肩を落とした。
「お前はいったいどういう食事環境で育ったんだよ。人の分にまで手を・出す・なっ・つってんだっ!」
 なので蹴れるタイミングがあると、逃さず蹴ろうとしてしまう。それも悪癖というのだろうか? そう思いつつ、伸びた手を再び蹴り上げる。
「また蹴った〜。だってお前、ほんの一瞬でも隙を見せたら食い物ってのはなくなるんだぞ! 俺は何度もそれを経験している!」
 盛大に胸を張るルフィに、その場にいた全員が一斉にため息をこぼす。
「…あっそ…」
 代表してそう答えたサンジは手早く用意した飲み物を、全員に配っていく。
 ナミとロビンには丁寧に、必ず一声かけて。そして男共にはそれなりに、ただ倒すことのない位置にだけ気をつけて。
「はいよ」
 とん、と緑髪の剣士の前にコップを置くと、小さないらえで咀嚼していた剣士の頭が上下する。
 ふんぞり返っている割には、給仕されると小さく礼を取る仕草をするのは、どうやら剣士の癖のようなものらしい。律儀だよな、となんとなく考えていると、不意にゾロが振り仰ぐように自分を見上げてきた。
「これ、おかわりあるか?」
 真っ直ぐに自分を見る瞳になんとなくどぎまぎしてしまい、サンジは慌ててゾロが指し示してる皿へと視線をそらした。
 見ればちょっと塩を濃くして作った魚貝のマリネの皿が空になっている。
「ああ、それならある。ちょっと待ってろ」
「ずりぃっ、ゾロにだけ贔屓だっ!」
 間髪入れずに入る船長からの抗議に、こちらは打てば響く形で怒鳴り声が返る。
「んなわけあるかっ! お前もおかわりが欲しかったら言いやがれっ! 俺の裁量が利く範囲でなら考えてやるっつってんだっ!」
「そりゃ俺にはないってことじゃんかーっ!」
 ブッと吹き出し、肩を震わせてゾロが笑う。
「一度も正式におかわりを出したことのねー奴が何いいやがるかっ!」
 楽しげに自分たちのやりとりを見るゾロは、ただの穀潰しの剣士のままだ。
 そのことにどこかほっとしつつ、サンジは無闇に抱きついてきた船長を蹴りで受け流してキッチンに向かう。
 他のクルーも楽しげにサンジとルフィのやりとりを見つつ、自分たちの食事を素直に進めていく。こういう言い合いをしている間は、あんまりルフィが他人の食べ物に手を出さないからだ。
 手早くおかわりを用意して差し出すと、ゾロは礼を口にして皿を受け取る。
 今度はそれに「おう」と返すことができたことが、なんとなく嬉しかった。

 毎度のことながら、楽しげな、けれど慌ただしいことこの上ない団欒に満ちた食事が終わると、今度はゆったりとしたくつろぎタイムになる。
 酒に走る剣士もいれば、食後の飲み物を欲しがる女性陣もいる。風呂に入る順番を待ったりしながら、それぞれにやりたいことを落ち着いてやっていくこの時間がサンジは嫌いではない。
「ありがとうね、ロビンちゃん」
 今日の皿洗いの手伝い当番はこの年上の美女で、サンジはもうデレデレとやに下がりまくりだ。
 だがその手が作業をとめることはなく、隣に立つロビンも柔らかい雰囲気のまま、いくつもの手を咲かせながら、自らの両手も使って皿を拭きあげている。
「ふふ、こういう当番とかしたことなかったから、新鮮よ」
 その響きに何かを感じて、サンジはにっこりと微笑んだ。
「なんとなく分かるよ。俺もそう思うこと多いし」
「あら? コックさんもそうなの?」
「そうなんだよね。これが」
 笑いながら泡を落とした皿をロビンに渡す。丁寧に受け取ったロビンは、布巾で雫をぬぐっていく。
「俺は、ほら。ずっとレストランで働いていたから。こうやって誰かが隣にいて、手伝ってくれるっていうのには最初とまどって仕方なかったよ。全部自分でやって当たり前だったしね」
 それこそ先程考えていたことをロビンも考えていたという事実に喜びを隠さず、サンジは視線を遠くに飛ばした。
「だから最初の頃は…、同じ仕事をする奴が並んでるって状況じゃなくて、隣に手伝うって料理もしたことないだろう奴が横で指示待ちしてると、何か言わなくちゃならないような気がして気がして…」
「…それでお前、人が手伝ってるといらん茶々入れてたのかよ」
 すぐ後ろからの突っ込みに、サンジは驚いて手にしていた皿を取り落としそうになった。
「うわっ、何だよてめぇっ、気配消してくんなッ!」
 皿を取り落としはしなかったが、ロビンの手がフォローを入れている。
「別に気配を消しちゃいねーよ。お前が気付かなかっただけだろ」
 呆れたようにそう言うと、ゾロはロビンに目配せしながら外へと顎をしゃくった。
「ナミがそれが終わったら、風呂空いてるぞって伝えろとよ」
「あら、ありがとう。剣士さんは入らないの?」
 再開された洗い上がった皿を受け取り、ロビンは軽くサンジに瞳を流した。サンジの頬がほんの少しだけ、赤く染まっている気がする。
 隠していたことを聞かれて恥ずかしいのか、それとも、剣士の気配にさえ気付かなかった自分に恥じているのか。
 判断はつきかねたが、このくらいの年の青年に接することも少なかったロビンには、彼らの若さも新鮮に映るのだ。
「ああ? 俺はいいんだよ」
 ほんの少しサンジの背が揺れた。この会話に、彼が耳を澄ませているのだとその動きで知る。
 なんとなく、可愛いものを愛でているようで、ロビンは微笑んだ。
「そう。なら遠慮無く次に入らせてもらうことにするわ。私で終わり?」
「ああ、後は俺と、そこのコックだけだ」
「俺は明日の朝食の仕込みがすんでからだな」
 背は向けたまま、何事もなかったかのように告げるサンジに、ゾロは頷いた。
「なら、お前の方が早いかもな」
 一旦言葉を切り、ゾロは背を向けているサンジへとしっかり視線を定めて、続けた。
「俺はこれから素振りだ」
 ふと、その言葉に引かれたようにサンジが振り返る。
 すぐに自分を真っ直ぐに見ているゾロと目が合う。あまりにもまともに視線がぶつかって、サンジは不自然に視線を泳がせ    おもむろに、強く彼を見返した。
 わざと、そうしたかのように。
 ニッと笑ってみせる。
「なんだ、剣豪様はまた鍛錬かよ。マニアだな、夜な夜なご苦労なこって」
「ぬかせ。自分が決めたことくらいこなすのは当然のことだろう」
 めんどくさそうにゾロは顔をしかめると、「伝えたからな」と言って背中を向けた。
 すっと伸びた背中は、今のゾロの言葉を証明するかのように真っ直ぐだ。そのまま外に出て行くゾロに、迷いは見られない。自分のなすべき事を、彼もまた知っているのだ。
「コックさんは、剣士さんのことが嫌い?」
 一瞬何を言われているのか分からず、ぼんやりと隣に立つ美女を見上げてサンジは「は?」ととぼけた声を上げた。
「…そんなことはないわね。嫌いなら、そうね、あんな態度はとらないでしょうし」
 あんな? それってどんな?
「やっぱり同じ年の仲間っていうのは、意識してしまうものなのかしら?」
 意識? 意識ってなんだ? 考えたりすることだっけ?
「なんだか剣士さんの方も、コックさんのこと気にしているようだし」
 上手く繋がらない思考がぐるぐると巡る。考え込むロビンちゃんも素敵だなぁ、とつい関係ないことを思った途端、彼女が言わんとしていることの意味が形をなした。
「へ? あ? マリモ? え? ロビンちゃん? なんか誤解してない?」
「そう? そうかしら? それとも、コックさんは何か剣士さんと約束していることでもあるの?」
「あー…ぜんっぜん意味が分からないんだけど、ロビンちゃん…」
 情けなく眉を落としたサンジに、ロビンは考え込んだままゾロが出ていった扉へと視線を投げかけた。
「今の剣士さんが最後に言った『伝えた』って…どっちに言ったのかしらね。私? それともコックさん?」
「そりゃ……」
 言いかけて、サンジはもう一度扉へと視線を向けた。
 ゾロがわざわざ自分に伝えることなど、あるはずがない。ゾロがこれから何をしようが、自分には関係ないはずなのだ。
 そう、本来なら。
 ……あの、夜の訓練を見ることを除けば……。
 この後、ゾロは素振りをするという。ということは、多分夜中過ぎに、今日もあの訓練をするのだろう。きっと、自分が仕込みを終えて、風呂にも入って、涼みがてら蜜柑の木の傍に立ったその頃に。
「やっぱ気付いてんのか…?…」
 小さく呟けば、黙ったままのロビンがいつの間にか止めていた蛇口の栓を音を立てて開いた。





 女性というものは、すべからく勘がいいものなのかもしれない。
 特に、この船に乗る2人の女性は様々な人生の荒波をくぐってきたからか、その勘に磨きがかかっている気がする。
 皿洗いを手伝ってくれたロビンはあれ以降何も聞いては来なかった。興味が失せた、というよりは、踏み込んではいけないのかと判断して、わざと聞かずにいてくれたようだ。
 その心使いはとても有り難かったのだが、こちらは大層いたたまれない。
 自分のことがどうもあやふやなこんな状態の時に、大切なレディに気を使わせるというのも申し訳ないし、何よりもすっきりしない今の状態が一番困る。
「あんの野郎、本当は気付いてて言ってこないだけなんじゃねーか?」
 自分がゾロの夜の訓練を見るようになって、もう随分立つ気がする。
 アラバスタを出てゾロの訓練が深みを増してからというもの、サンジはゾロの訓練をほとんどかかすことなく見ている。
 そのうちに、ゾロは自分がいる方を不振気に見るようになったが、あの時も何も言わなかった。
 だが…一度だけ、ゾロは訓練をする前に奇妙なそぶりを見せたことがあった。
 それまでゾロのその訓練は、彼の気の向くまま後方甲板だったり前方だっり、時には中央のメインマストの傍だったりと定まっていなかった。それが、ある日を境に後方甲板に絞られるようになったのだ。
 しかも自分が見に行こうとしたのを見計らったかのように、わざわざ蜜柑の木の傍を通ってみせ、自分がそこに辿り着いた途端に訓練を始めた。
 蜜柑の木の傍から後方甲板はあつらえたように見やすく、腰を落としてじっくりと観賞しやすい場所だった。
 あの時絶対にゾロは自分に気付いている、とサンジは思ったのだが…。
 シンクにもたれ、ふっと煙草の煙を吹き出す。
 今はもう誰もいないキッチンで、本日最後の一服を楽しんでいる……はずだったのだが、気になるのは、ただ後片付けの時のことだけで。
「…何も言ってこねぇしなぁ…気のせいとは思えないが、なにせマリモだし…やっぱり気のせいと言うこともある
かと思ったりもしたんだが…」
 結局そう呟いては、ゾロのことを考えている。
 あの訓練を見る許可を得たような気がしたあの日。暫くの間は、ゾロが自分に何かを言いに来ると思っていた。
 聞かれたら正直に答えて、そして見せてもらう礼だとか何とか言って、訓練が終わった後にでも差し入れのようなことをしたり、と我ながらどういう思考だと突っ込みながらも、考えていた。
 が。
 まるで夜の訓練自体が夢かなにかのように、昼間のゾロは何も言ってはこない。それどころか昼間にするいつもの錘振りなどを目にすると、本当にこいつに自分は何かをしてやろうと思っているのか? と考えてしまって自分から何かを聞いてみようという気が失せてしまって今に至る。
「気付いているなら気付いているで、なんか言ってこいっつーんだ、あんのバカマリモっ!」
 吸いきった煙草を持っていた灰皿にギュッと潰し、サンジは唸った。
「なのに…このまま寝ようとなんでしねーかな…俺はっ!」
 うがぁっと髪を掻きむしり、むっすりとすねまくって唇を尖らせ、けっと吐き捨てる。
 そうまで思っても、もう駄目なのだ。
 この煙草を手放すことができないように、あのゾロの訓練は自分の中でとても口にしたくないくらい、欠かせない場所を占めている。
 自覚しているだけに、悔しいがあの訓練を見逃すことはできない。しかも今日は、なんとなくだが訓練するぞ、という予告をしていった。
「だーかーらっ! それが本当に予告だったのかどうかがわからねーっつーのが、余計腹立つんだよっ! ぐあぁっ、もうっ!」
 ずるずるとその場に膝だけ立てた形で座り込み、サンジは足の間にがっくりと頭を垂れた。
 ロビンは多分気付いたのだと思う。
 サンジが何に毒づいて、動けずにいたのか。
 昼間のあの騒ぎの時、まるで夜の訓練を連想させる動きを見せたゾロに、自分は釘付けになった。
 そして、それを見ているクルーに気付いた瞬間、叫びそうになったのだ。
 今なら分かる。
 あれは「見るな!」と言いたかったのだ。
 あれを見るのは、自分だけがいい。そう…思ってしまったのだ。
「…ごめん…ビビちゃん…」
 教えてくれたのは、今はここにはいないビビで。それまでは、多分剣士の夜の訓練はビビの宝物だった…はずだ。でも今は、そう考えるだけで、無闇に悔しくなってくる。
 やばい。
 なんかもう、完全にやばい。
「嵌りすぎだろ、俺」
 苦笑して膝に肘をつき、頬杖にして目を閉じる。
 あれを誰にも見られたくはない。できれば、あれを見るのは自分だけがいい。
 それは勝手な、『独占欲』。この際、それを見せている人物の意向などどうでもいい。どうせあのバカは他人がどう思っていようとも、訓練を続けるのだ。ならば、それをまた勝手に見て独占欲を持つくらい、自由だろう。
 いや、自由にさせてもらう。
 理想としては。
 サンジはそっと目を開いた。キッチンを飾る丸窓の奥に、どこか深い藍を思わせる夜空の色が映っている。
 そう、理想としては、きちんと自分がゾロの夜の訓練を見ているのだという事実証明をさせるのが第1だ。
 そうすれば、今まで以上に好き勝手にあの訓練を見ることができる。しかも隠れるように見ることはしなくてよくなる。堂々と、見ることができるようになればこっちのものだ。もし自分がいない時に訓練をしようものなら、なんで教えないと怒ることだってできるようになるし、見る確率も今より上がることは請け合いだ。何せ教えておけといっておけば、あの剣士のことだ、ぶつくさ言いながらも教えてくれるようになる可能性が高い。
 まだまだ利点はある。何より、もしかしたら、自分が見たいと言って奴にあの訓練をしてもらうことだってできるようになる可能性があるのだ。
 自分があのゾロの訓練を見ているのだと、双方が自覚を持てば!
 …どれだけ自分勝手な理想なのか、ともしゾロが今のサンジの考えを知ると嘆息するかもしれないが、そんなことは本当にどうでもいいのだ。サンジはぼうっと窓の奥を見ながら、その奥で今はまだ普通の鍛錬をしているのであろう剣士のことを考える。
 ただ一方的に見せて貰うだけ、というのはあまり感心しない。
 ただ与えられるだけというのは、はっきり言って悔しいし、それはもっとも避けたい部分でもある。
 となると自分がゾロにできる、というよりしてやれることというのは何だろう?
 これをするのとしないのとでは、 見る方の心持ちも違うのだ。
「やっぱ…訓練後の差し入れとかが一番か…。というか、それしかねぇんだよなぁ。腹減るだろうしなぁ…」
 呟いて、ふむ、と唇をへの字口に閉じる。
 それしかとりあえずはないだろう、と結論づけるのはいい。
 いいが…。
 その一番の理想を実現するのに、障害になっているのは、どうやって「好き勝手に見て良い」という確約をとりつけるか、ということだ。
 本当はどうすれば手っ取り早くそれを実現できるのかは、よーく分かっている。
 簡単だ。
 自分からゾロに言えばいいのだ。
           お前の夜の訓練を見ていた。これからも見たい。見ていいか?
 と。
「絶対嫌だ!」
 バカである。
 だがバカはバカなりに、譲れない一線というのが確かに存在するのだ。
 確かに最初の頃なら、自分からと思わないではなかった。だがいかんせん、時間がたちすぎた。今頃になって、のこのこと言い出して、なんで最初に言わなかったのか? と問われれば返す言葉がない。
 昼間の訓練を見ていたら、嫌気がさしたとは言えないだろうし。
 それよりも一番いいのは、ゾロが言い出すことなのだ。ゾロは気付いているはずなのだ。多分、いや、きっと! ならば、あちらから言ってくればいいのだ。そうすれば、こちらも友好的に対応することができる。追求されても、邪魔したくなっかった、とかなんとか当たり障りのないいい訳だってできるはずなのだ。
 くそっ、と小さく毒づいたのは、自分に対してだ。
 簡単なことができないというのなら、どうにかしてきっかけを作り、奴から気付いているという証拠を掴まなくてはならない。
「サンジ? いるのか?」
 静かに開いたドアの奥から、ほんの少し高い声が低い位置から響く。反射的に立ち上がると、ぼてぼてと不思議な足音が響いて、やってきたのはチョッパーだ。
「どうした? どこか具合でも悪いのか?」
 やや慌てたように走ってくる小さな姿の船医に、サンジは笑って首を振った。
「ああ、違う違う。ちょっと座り込んでただけだ、具合が悪いわけじゃねーよ」
「本当か? 疲れてるんじゃないのか? サンジが一番この船では働いてるからな」
 傍によってきて、顔色を伺おうとするぬいぐるみのような姿の船医の帽子をポンポンと優しく叩き、サンジは笑みを深めた。
「いや、本当に大丈夫だ。そんなに心配するなよ、チョッパー。俺が前にいたレストランじゃ、もっと忙しかったんだぜ。このくらいで俺がへたばるかよ」
「本当か? ならいいけど。なんかあったら、すぐに俺に言うんだぞ。お前等は自分のことに無頓着すぎるからな」
 困ったように言うチョッパーは本気で心配しているようだ。
「さっきゾロにも言ったんだ。あっちで鍛錬してたからさ。見てたらあんまり凄いもんで…。本当なら、あんな重い錘なんかを振り回してたら、筋肉が逆に破壊されそうなもんなんだけど。最近鍛錬量がまた増えたみたいだから、今度俺がメニュー考えてやることにしたんだ」
「…そりゃいいな。あいつの鍛錬って、ただガムシャラにやりゃぁいいって感じだから」
「だろ?」
 ああ、と相槌を打ってやって、サンジは膝に両手をつく形で腰を折りチョッパーと目線を合わせた。
「で、どうしたんだ? 今頃」
「あ、そうだった! 俺、喉乾いたから、何か貰おうと思って来たんだけど…できれば、ゾロにもなんか差し入れてやってくれないかな? 汗かきすぎなんだよ。水分の補給が必要だ。ビタミン補給も………サンジ?」
 ゆっくりと躰を起こしたサンジは、ほんの少し上を見上げ、ぽつりと呟いた。
「…カモ…」
「鴨?」
 はっと顔を戻したサンジは、慌てて笑みを浮かべると、なんでもないとまたチョッパーの帽子を軽く叩きくるりと踵を返した。
「よっしゃ、なら、船医さんと呑んだくれにとびきりのドリンクを用意してやるよ! ちょっと待ってな!」
 ニッと笑った口元が何故か凶悪に思えて、チョッパーはほんの少しだけ後ずさる。
「………お……おで…なんか悪いこと言ったか…?…」
「なーに言ってやがる! 良いことだらけだ! スペシャルに感謝してるぜ、チョッパー!」
 上機嫌なんだろうが、なんだかとんでもないことをしたような気分になったチョッパーは、誰に対してか分からな
いままに、ごめんなさいと声に出さずに叫んでしまっていたのだった。





なんかだんだん…サンジがおかしくなってきたような気がして軌道修正したら
さらにおかしくなってきた気がする…。で、まだ続きます。だーかーら間に合わないんだね…。



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