ゾロはゆっくりと部屋を見て回っていた。
 柱の一本一本、壁の傷一つ。年月に負けて破けた襖や、障子。すすけた天井、いぶされて黒みがかっているくくりつけの箪笥。梁から下ろされる飴色に艶を放つ自在鍵。
 廊下の板は素朴な縦目の並ぶ柾目板。素足に板の乾いた感触が気持ちいい。
 今日はとにかく蒸しているのだが、家の中は風が通るのでそれなりに涼しい。それでも落ちてくる汗を肩でぬぐい、ゾロは腰に差した刀へと腕をのせる。
 この家は、静かだ。
 だが、うるさい。
 ゾロはゆっくりと部屋から部屋を見て回る。
 コックは台所にこもりまくっていて、暫くはその場を離れはしないだろう。
 窓から入る日差しの長さが廊下から、敷居までで止まっている。ということは、ここ数日の感覚からしても、今は昼を少し回ったところだろう。
 ゾロは玄関から離れた位置にある、小さな部屋へ続く壁に手をやり、そっとなぞる。
 手に小さく触るとっかかりを見つけて目をやれば、小さな釘を打った後らしきものがあった。何かを飾っていたか、貼っていたかしたのだろうか。
 そうやって意識していくと、人が住んでいた後、というものはそこかしこから見つけられる。

 ここに住んでいた人…もしくは、家族は、いったいどんな人物だったのだろう。

 ゾロは指先に感じる凹凸をそっとなでながら、目を閉じた。





 家の間取りを確かめようと思ったのは、本当に切羽詰まった現実問題からだった。
 出航までに買い揃えるものが、食料以外にまで及ぶことになったというのがその原因だ。
 昨夜闇に乗じて、この家と島のことを殆ど知らないウソップが届けた新たな買い出しメモと微々たる追加の買い出し金を手にして、2人は真剣に頭を抱えた。
 修理用の木材などなら元々買う予定だったし自分たちの労働でどうにかまかなえるものもあるのだが、追加の代物はそうはいかない。
 予備の荷鎖、薬、果ては本に、女がいない島にあるかっ! と唸った化粧品など、とにかく雑多な品物をわんさか頼まれたのだ。
 いくらこの島で動けるのが2人だけとはいえ、これには唸るしかできなかったサンジとゾロである。
 しかも自分たちではよく分からない代物も、良いものかどうかの判断すらできないものが多すぎる。
 買い出しリストを受け取ったその時は、持ってきたウソップも交えて、とりあえずここにいる間に揃えられるだけのものは…ということになったのだが…。
 正確には、それしか方法がなかったといった方が正しい。
 夜のとばりが下りている間に船に戻る、というウソップにサンジは用意した食事を「くれぐれも、ナミさんとロビンちゃんによろしくっ!」と念を押してたんまり持たせていた。
 そんな形でウソップは早々に船に戻ったので、翌日から2人で島中の店に走ったのだが、結構難しい注文も多く暫くは島内をうろつくハメになった。その上、なんとか集められた腐らなくて在庫のある品物などは容赦なく、次々に届けられ始めた。
 とりあえず、この島の住人が買い出しの品に対して不当なことはしないというのが証明されたのは有り難い。その点は神官だと告げたラサカの言葉が行き届いているのだろう。
 ただ品物は悪くはないのだが、配達する彼らはこの家まで荷物を持っては来ても、誰も家に入ろうとはせず、玄関口に置いてさっさと帰っていくのには参った。
 置きっぱなしにするわけにはいかないし、いちいちそれを玄関に積み上げるワケにもいかない。なにせ出航までは、まだ後十日以上もあるのだ。
 とりあえず邪魔にならない部屋にまとめて置くのが一番いい。ではどこに置くか、となった時にサンジが、
「日差しが入らねぇほうがいいものもあるみたいだし、その辺りも考慮した方がいいんじゃないか?」
 と言えば、
「こういう家には納戸部屋というのがあるはずだから、そこに置けばいいんじゃないか?」
 というゾロの提案に、ならばと半ば適当だった家の本格的な探索が始まったというわけだ。
 だが、本当にサンジはやることが山積みだった。
 買い出ししてきた食品を加工して保存食を作るだけでも、随分と時間がかかっている。
 時間が惜しいだろう、とゾロ1人で家の中を回りだしたのだが、本来なら何分もかからないはずの探索を、もうかれこれ1時間近く続けている。
「…まさかと思うが、見渡せるんじゃないか? というような、この家の中で迷子とかいうことはないよなぁ、お前?」
 呆れたとしか言いようのない声音でそう告げ、ふうっと紫煙を吐いた青年は壁に手をついてじっと見ているゾロへと歩み寄る。
「仕事はどうした?」
 サンジへと視線だけを流して言うゾロに、サンジは肩を落とした。
「お前なぁ、今日の分の下ごしらえくらい、1時間もあれば大概は済むぜ。そんなに買い込んでるわけでもなし。それより家の中を回ってくると言ったっきり、数分で終わるところから行方不明になる奴がいることの方に、驚きの度合いを持って行きたいね、俺は」
 ぞんざいに言うサンジに、ゾロは答えない。
 そのまま壁についていた手を下ろし、ゾロはゆっくりと再度部屋を見回した。
 家自体は広いといっても、屋敷や城のようなものではない。普通の家族が住むのに適した大きさだ。
 玄関入り口から八畳二間。周りは縁側が伸びている。その奥の八畳のさらに奥の部屋には六畳間、その手前にはやはり六畳の間。手前の六畳から奥には、囲炉裏のあるやはり六畳と板の間。その奥には土間式の台所。
 庭は手前の六畳の左横にある廊下を挟んだ奥の六畳二間側にあり、家自体はそれでぐりると回りきれる形になっている。
 部屋数はそれなりにあるが、一つ屋根の下を余すことなく使った部屋作りといってもいい。縁側は外に面した部屋には必ず作られてあり、風雨をしのぐのに、とても適している。
 本当に、大きな造りではあるが普通の家だ。
 そのはずなのに、どうしてこう…ここは匂うのだろう。
 そして煩いのか。
「で、納戸部屋とかいうのは見つかったのか?」
 問いかけてくるサンジの声を聞きながら、ゾロは目を細めた。
 何か細く甲高い金属を擦り合わせたような音が、耳の奥から襲ってくる。
 まただ。
 ゾロは視界までもが引きずられるように色を落とした気がして、眉根を寄せた。
 声が急に遠ざかる。頭の奥から、シンシンとした静けさに似た音がやってきて、現実の音を奪う。ざざざと砂を高速で擦り合わせるような音が次に襲ってきては、頭の中一杯にその音が広がり振り払うのに一苦労する。
 なのに、そのビビの国で体験した砂嵐にも似た音の奥に、なにか…何かが聞こえるような…そんな感覚がするのだ。
 音がある。
 少し高い感じの…これは…声か?
「ゾロっ!」
 ガッと肩を掴まれ、大きく揺さぶられる。
 ふっと音がかき消え、覗き込むサンジの顔が目の前にあった。
 思わず仰け反ったゾロに、サンジはますます顔を近づけて覗き込んでくる。
「…なんかおかしいな、お前。どうした? なんかあったのか?」
 自分を心配するサンジという、普段からはあり得ない態度にゾロはますます困惑して一歩下がる。
「いや…別に…」
「本当か?」
 引いたからか、強気で詰め寄るサンジにゾロは益々追い込まれるような形になった。
 無言のまま初めて見る者のようにサンジを見るゾロに、小さく舌打ちし、サンジは銜えていた煙草を大きく吸うと白い煙を吐き出しながら指に煙草を移してゆるりと佇む。
「お前、どっか具合でも悪いのか?」
 本人は努めて普通に話しをしようとしているのだろうが、その言葉の端々に心配気な色が潜んでいる。
 それが分かるから、ゾロは小さく吐息をつくと背を伸ばした。
「どこも悪くねぇよ。それくらい見りゃ分かるだろうが」
 いつもの通りに答えれば、それでも疑わしそうにサンジはこちらを見る。きちんとその視線を見返し、ゾロはいつも通りだと見た目で分かるように偉そうに腕を組む。
「…でも、お前、この島に来てからぼうっとしてることが多くねぇか?」
 確かに見た目はいつもと変わりがない。だが、見て受ける印象でいけば、この男は多分死ぬその瞬間までこのままではないだろうか、という疑いがサンジにはある。
 野生の獣には、そんな生き物が多いときく。特に狩りをして生きる、肉食の獣にはそういうものが多いのだと。
 だとすれば、ゾロは紛れもなく狩りをする生き物の部類に入るだろう。
 いつもいつも血まみれになり、切り刻まれてもゾロは強い光を失わない。
 初めて見た鷹の目との戦いの時も、そして次に見たアーロンとの戦いの時もそうだった。血まみれで、もう動けないと誰もが思う傷を負いながら、それでも刀を振るい、アーロンに首を持ち上げられながらも彼をその視線と気概だけで敵に力を見せつけた。
 片方はその力に未来を渡し、もう片方は今ここで片付けなければという焦りを植え付けるという両極端な反応を引き出したが、それは本当に敵対したかどうかの差だろう。
「見てると不自然だ。急に黙ったかと思うとどっか別のとこを見ては、ぼうっとしてるだろうが。具合悪いのかと思うだろう? 普通は!」
「あー…まあ…なぁ」
 痛いところを突かれたのか、ゾロは明らかに視線をふらつかせて言葉を濁す。
「話せ」
「つってもな」
「お前は言葉が足りんっ、こんな分け分からない島にいるんだぜ? なんかあってからじゃ遅いんだよ、おかしいと思うことがあったり俺に聞きたいことがあったり言いたいことがあったりするならきちんと話せ! 説明しろ! でないと俺には、さっぱり分からないんだよっ! マリモの考えていることなんか特になっ! わかったか!」
 煙草ごとゾロをびしっと指さすと、灰がぼろりとこぼれた。
 不思議な沈黙が2人の間に流れた。
 あれ? とサンジは首を傾げる。なんだか今、自分は、物事の主題から離れたことを喚いたような気がする。
 そのまんまゾロを見れば、ゾロは驚いたように目を見開き、自分をマジマジと見ている真っ最中だった。
 思わず、カッと頬に血が登るのがわかった。
 舌打ちして視線を逸らすと、ゾロが動いた。服のこすれる音からすると、腕をほどいたのだろう。俯き加減にちらりと視線を流せば、ゾロが困ったように刀に手を置くのが分かった。
「…お前、恐がりか?」
「は?」
 この後に及んで、何を言おうとしているのか?
 サンジが顔を上げると、ゾロは困ったように後頭部に手をやり、頭をかく。
「ああ、でもやっぱ眠れなくなるくらいだからな…」
「おいおいおい、待て待て待て、何が言いたい何が」
「説明しろ、とお前が言ったんだろう? 今」
 じろりとサンジを見るゾロは、今の今まで漂っていた奇妙な雰囲気をまるで無視していつもの通りだ。
 それがわざとなのか、それとも天然なのか、やはりサンジには分からない。だからこそ、イライラとした気分がわき上がるのを押さえられずに、サンジはゾロを睨み付けた。
「できんのかよ? 説明が。お前の貧相な頭で!」
「ああ!? 人がわざわざ説明しようとしてやってんのに、なんだ? その言いぐさは!」
「そりゃ俺の言い分だっつーの! えっらそうに、なんだってんだ! はぐらかすことばっかり上手かったりしやがって、天然かってーの!」
 剣呑ににらみ合う。
 だがそのにらみ合いが不意に途絶えた。ゾロが微かに目を細めたかと思うと、視線を逸らしたからだ。
 思わずため息が出る。
「ほらな…お前やっぱりどっかおかしいぜ」
「……かもな」
 言いながらゾロは静かにサンジを見直した。
「音がする」
「は?」
「お前はしないか?」
「音? いや? 俺には別になんの音も聞こえないが…そんなに頻繁に聞こえるのか?」
 ゾロは頷くと、どこか遠くを見るように家の中を見回した。
「割に頻繁だな。夜も昼も関係ないみたいだぜ。寝てる時はどうかしらねぇがな」
「どんな音なんだよ」
「いろいろだな。…今一番多いのは、耳鳴りに近いもんだが、これが煩さくてな」
 そっと手を伸ばし、近くの壁に触れてみる。
 その仕草から、その音に何か一貫性があるのかどうかを探していたのかもしれない、とサンジは感じて指に挟んでいた煙草を携帯用の灰皿を取り出して放り込んだ。
「…まあ、お前に音がしないなら、それでいい。それより-----」
「はあっ!?」
 思わず顔を上げ、サンジはゾロを見る。
 その過剰な反応に、ゾロの方が驚いてサンジを見返す。
「いいわけないだろう! お前、俺が聞こえないならそれでいいって、何言ってんだ。そんじゃお前はどうすんだよ!」
「無視すりゃいいじゃねーか。音くらい」
「音くらいって……あー…もう…」
 がっくりと肩を落とし、サンジは俯いて額を抑えた。ご丁寧に首まで振って、落胆を露わにする。
「お前はほんっと…何にも考えてねぇな。まだここには後10日近く滞在するんだぜ? それまでずっとその音とやらを聞くつもりなのかよ?」
「しょうがねぇだろう。聞こえるもんは。聞こえるようになったのは、どうもこの島に来てからみたいだしな。多分この島ならどこにいても聞こえる時は聞こえるんじゃないか? なら、何やっても無駄だ」
「無駄って」
「無駄だろ。この島にいるせいならな。どうせ後10日で俺たちはこの島からは出る。ログさえ溜まれば、この島には用はねぇんだ」
 それはそうだ。上陸もできない島と言われれば、さすがのルフィも長居しようとはしないだろう。とりあえず補給はできるし、物資の確保もこの調子ならできる。この島がどんなにおかしいところであっても、自分たちは通りすがりなのだ。
 今まで色々な事情や状況があって、島や国の問題に介在したこともあったが、それだって理由があった。
 この島にはその理由すらない。
 ゾロは徹底的に、島の事情を自分たちから排除するつもりなのだ。
「…お前の考えはシンプルだよな…」
 ゾロは言葉の意味が掴めなかったらしく、黙ったまま自分を見続ける。
 しかもこの男は、やるとなったら徹底的にやる一面も持っている。多分、一番今良いと思われる対処を本能的に選択して、そして動いているのだろう。
 悔しいことに、ゾロのその行動はルフィと同じく間違ったりしない。
「で、島を出ればその音とやらは聞こえなくなるのか?」
 何を聞けばいいのか分からなくなりながらも、とりあえずそう聞いてみれば、答えは実にあっさりと返ってきた。
「さあな。この島のせいってんなら、そうかもな」
「そうじゃなかったら?」
「チョッパーに見て貰うが?」
 単純。
 実にシンプルかつ最短の解決法。
 サンジはもう拍手したい気分で肩を落とした。
「…それで治らなかったらどうすんだよ?」
「どうもしねぇ。チョッパーで治せなかったら、どこいっても無理だろうからな、そんときはそんときだ」
 そう言って、ゾロは小さく笑う。邪気のないその笑みは、時々船の上などではしゃぎ回るクルー達を見ている時に見せるそれと同じで、サンジはなんとなく息を呑む。
 最近、自分には見せなくなった笑顔の一つだ。
「とりあえず聞こえなくなるわけじゃねぇんだ、どうにでもなんだろ。それにこの島離れたら治らねえってわけでもないだろ? あんま深く考えても無駄だ。こういうのはな」
 そのままサンジを真っ直ぐに見るゾロの顔から、静かに笑みが消えていく。
 その代わり、とても真摯な眼差しがサンジを貫き…そっと外された。
 ゾロの視線が離れた瞬間、サンジを襲ったのは胸の奥を絞るような、もの悲しいような不可思議な胸の痛みだった。
 言葉にしにくいそれを、あえて言葉にするとしたら、それはきっと『寂しい』という言葉になるのかもしれない。
 その言葉に行き当たり、サンジは目をむいた。『寂しい?』そんな感情を、何故この男から受け取らねばならないのか。
「どうした? コック?」
 顔を上げたサンジに、ゾロは瞠目する。
 どこか無表情に自分を見るその目だけが、青く青く澄んで真っ直ぐにこちらを見ているのに、まるで何かを呑み込もうとしているかのように深い。
 そこに閉じこめようとしているのは、多分、彼自身の感情だ。
 それも、どこか鋭く痛い感情。
 サンジは非常に感情が豊かだ。だが、本当に深く何かを抱え込んだりした時、彼は一瞬無表情になる。そうしてすぐに何もかもを綺麗に取り込み、自分の内側に秘め、また元のように笑うのだ。
「アホ」
 サンジの中に感情が沈み込まないうちに、ゾロは言い放つ。
 途端、サンジの無表情の顔が怒気に一気に染まった。
「んだと、オラッ。人が心配してやれば、何言いやがる!」
「だからアホだって言ってるんだよ。心配することがどこにある? 音が聞こえるだけだぞ? お前だってこの間は聞こえただろうが、あの足音。あんなのいちいち気にしてどうすんだ」
「普通は気にするだろうが!? ああ!?」
「知るか、いちいちあんなの気にしてられるかっ! 音だけだぞ!」
「音だけが歩くんだぞ、普通は気になるだろうが!」
 叫んだ瞬間、何か重いモノが落ちるような音が2人の立つ壁の奥から響いた。
 思わず2人して顔を見合わせる。
 壁の奥。
 そこは一番端だと思っていた六畳間の横にあたる。その壁以外は、すべてが窓と襖という部屋だ。
「…荷物は今のところ全部玄関脇の部屋に放り込んでるよな?」
「ああ」
 ゾロは壁に手をやるとそっと撫で、おもむろに拳でその板壁を叩いた。
 妙に乾いた音が薄く響く。微かだが、その奥に反響する音に、2人は再度顔を見合わせた。
 この奥は空洞だ。というよりも、どうやらこの奥にまだ、部屋があるらしい。
 ゾロはしゃがみ込んで壁の継ぎ目を見る。一見普通の張り巡らされた板壁のように見えるが、よくよく見てみれば、継ぎ目の辺りには擦ったような痕がある。
 隠し部屋、というよりは、ここは特殊な部屋なのかもしれない。
「おい、どうなんだよ?」
 興味津々に聞いてくるサンジに、ゾロはニヤリと笑った。
「珍しいぜ。こういうの。見てろ」
 立ち上がり、もう一度そっと板の継ぎ目の辺りをそっとなぞる。そうして、胸の辺りにある位置に来たとき、ゾロはトンと板を突いた。
 ギシッという板の擦れる鈍い音がして、板が大きく前に回り、反対の板がぶつかりそうになってサンジは大きく仰け反った。
「あぶねっ! 何しやがるっ!」
「はは、こりゃ『どんでん返し』っつーんだよ。こんなのがあんのか、この家は。こりゃもしかしたら仕掛けが他にも…」
 ぎくりとしたように、ゾロは部屋の奥に目をやった。
 咄嗟なのだろう、刀に手をかけ、まるでサンジの視界からこの部屋を隠そうとするかのように立ちふさがる。
 だがそんなことくらいでサンジの視界を阻めるわけもない。
 どんでん返しの板の奥には、暗闇が広がっていた。
 一瞬、真っ赤な色が視界を覆った気がしたが、それは明るいところから暗闇を見た為の錯覚だったのかもしれない。
 扉から入る光の奥は、磨き込まれたかのような板張りの小さな部屋があった。
 何もない、ただの小さな部屋。
 薄明かりの向こうに、小さな棚が作られているのが見える。
 その前に…何かがある。
 目を凝らしたサンジの前で、ゾロが刀に手をかけた。ふと気付けば、ゾロのその手が小刻みに震えている。
 やっぱりこいつも怖いんじゃねーか…と口に出そうとして、違和感を感じてもう一度その手元を覗き込んだ。
 震えているのは、刀を持ったその手だけだ。
 いや、違う。震えているのは、ゾロの手ではない。
        刀だ。
 ゾロの持つ、赤い鞘の刀だ。
「………」
 ゾロ、とその名を呼ぼうとした時、ゾロの手が刀をぐっと握り柄の部分を握り下げた。鞘の先が微かに跳ね上がり、いつでもゾロが刀を抜こうとしていることに気付く。
 なにをそんなにゾロは警戒しているのか。
 思わずゾロの視線の先を追い、サンジは目を見開いた。
 微かな闇の向こう。
 何か…そう何かがある。
 なんだろう、光が入っているというのにそこだけ暗く、丸いものが浮いている。
 いや、丸いモノの下にもなにやらうっすらと…そうまるで四角いもののような…影がある。
 位置的にはゾロの腰の辺りくらいに浮いている丸いものは、その四角い影のようなモノの上に、さらに黒くなって浮いているのだ。
 何故だろう、その丸いモノに視線が引き寄せられる。
 それだけが異様に暗闇の中でもはっきりしているように見えて、思わず瞬いた時だった。
 浮かんでいた丸いモノが大きく揺れたかと思うと、微かな放物線を描くように自分たちの方に向かってポロリと落ちた。
 床に当たる、そう思った瞬間。
 ゴトッ。
 鈍い音と同時に丸いモノが霧散する。
 その音には聞き覚えがある。さっき、壁の奥で響いた。何かが落ちるような…そんな…。
 硬直した2人の前で、ふと気付くと、丸いモノが先程の場所に浮いている。
 そうして、また浮かぶそれは、大きく揺れたかと思うと、ポロリと落ち…。

 鈍い音と同時に霧散する。

 ゾロの手が半開きになっていたサンジ側の板に伸び、そっと押す。
 板が先程とは逆に動き、小さなその部屋を閉ざしていく。
 完全に部屋が閉じそうになった時、ゴトッという鈍い音が響き扉が閉まった瞬間、2人の耳にドサリと重い
モノが落ちる音が追いかけて…ドアは閉まった。

(2006.9.5)




別にこれは実話ではありませんので、あしからず…。←書かなくてもわかるっての!



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