遠くて近い現実
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 ウソップが高らかに宣言した『乾杯!』のコールに店中から唱和が上がる。
 皆の前に無理矢理連れ出されたゾロは、どこか仏頂面のまま、それでも送り出される側としての責任だと思っているのか、大人しくグラスを掲げて集まってくる人達に真面目に相対していた。
「たしぎさんって言うのは、今度Mr,ブシドーが行く近くの大学に通ってるくいなさんの妹さんになる人なんです。なんでも家庭の事情で、くいなさんとは別の親戚の所にいたそうですが、それが蓋を開けてみれば丁度Mr,ブシドーが通う高校の近くの大学に通ってることが判って。しかも今回の話を受けてMr,ブシドーの協力要因みたいな感じで手助け受けることが決まってたんです。…このたしぎさんもかなりな剣道マニアみたいで…というか刀マニア? 鷹の目が近くに来たと分かったら、Mr,ブシドーの世話係を志願してきたくらいで」
 コックコートのままビールを片手に立ち尽くすサンジの側で、ビビが説明するのはゾロのこれからの環境のことだった。
「そうなんだ。鷹の目…って皆が凄い凄いって言ってたけど、本当に凄い奴なんだな」
 どこか心あらずに呟けば、ビビは深く頷いた。
「今回のMr.ブシドーのことで私も初めて知ったんですが、ちょっと常識外れですね。本当に知る人ぞ知るって世界なんでしょうけど、知らなかったことが恥ずかしくなるくらいでした。けど、普通は知らなくて当然です」
「鷹の目目当て…ってことか」
 妙に苛ついて響いた言葉に、呟いたサンジが内心ぎょっとした。なんの意味も込めずに呟いたつもりだったのだ。
「そうです」
 しかしそれを当然のように受けて、ビビは真摯にゾロを見ていた。
「皆、Mr,ブシドーをサポートして応援してくれているように見えますけど、全員結局は鷹の目目当てです。というより、鷹の目ありき? なんにしろ、Mr,ブシドーは…多分私が想像する以上に厳しい環境に入っていくことになるんだわ…」
 以前ゾロのことを同じように語ってくれた青年が、目の前で丁度ゾロに声をかけているのが目に入った。
 生真面目そうに話かけるコビーに、ゾロは微かに笑みを浮かべつつも真面目に応えているようだった。この場に来てからというもの、ゾロはずっとひっきりなしに人に話かけられていたが、生真面目に1人1人に相対して時には礼を言っているようだ。
 そんな中、時折ルフィが料理山盛りの皿を片手に話かけてきては、度つき合うようにして笑いあったりしている。
 それが妙に浮いたように見えた。
「…あいつは覚悟の上だよ」
「ええ。それも判ってるの。けれど、どうして? って私は思ってしまうんですよ」
 何故そこまでして、辛いであろう道へと進んでいくのだろうかと。
 本人にはそれは辛い道ではなく、自分が選んで進んで行く夢への過程でしかないのだ。そうと知ってはいても、まるで生き急ぐように進んで行く姿に、ビビは歯がゆさを感じずにはいられない。
「サンジさん、昼間はごめんなさい。私余計なこと沢山喋って。あんなこと、サンジさんに言っても仕方なかったのに」
「そ、そんなことないよ! おれの方こそ…ここのところ、もう何が何だか自分でも良く分かってないんだ…流されてるのは判ってるんだ。でも正直…本当に判らないんだよ。こんなんじゃ駄目だってのにな。……情け無ぇ」
 ぽつりと零したのは、本音だった。
 それに存外力強くビビが首を振って否定してくれた。
「当然だわ。サンジさんは本当にMr,ブシドーのこと、大切に思ってたんだもの。どんな形であれ、それだけは確か。Mr,ブシドーもバカよね、自分から手放すことしかしないなんて」
「仕方ないわ、あいつお子様でバカなんだもん。まあ男なんてみーんなバカなのかもしれないけど」
 苦笑したような声にサンジとビビが見れば、ナミがシャンパンのグラスを片手に肩を竦めていた。
 優しい色合いのワンピースにオレンジの髪は綺麗に結って白い花の髪飾りが、とても綺麗に栄えていた。
 ナミの目線の先には、じゃれつくルフィにぶら下がられているゾロとそれを引き離そうとしているウソップとコーザとコビー三人の姿があった。コック達も全員が室内でパーティに参加していて、それを見ては笑っている。
「ナミさん、今日も凄く綺麗だぁ!」
「ありがと。そこは譲れないのね」
 面白そうに笑い、けれどナミはサンジを一瞥すると眉根を寄せた。
「ちょっと、本当に大丈夫? なんか今にも死にそうな顔してるわよ」
 それには苦笑でしか答えられない。
 そんなサンジをナミは本気で心配そうに見つめた。
「全部すっきりした…って感じじゃないわね。まだ納得いかない?」
 やはり答えられない。
 そんなサンジを判っているといいたげに、ナミはゾロへと視線を流した。
「納得いかなければ、これから納得いくまで考えてみればいいのよ。納得できないってことは、そこに意味があるんだから。自分で気付くきっかけなんて、もしかしたらもの凄く他愛のないものかもしれないしね」
 肩を竦め、ナミはちらりと可愛らしい舌を覗かせた。
「時間もこれからたっぷりできるしね。ゾロはいなくなるんだし、その分サンジくんも冷静になれるんじゃない? そうしたら普通にそのまま忘れたり、あんなヤツもいたなーみたいな感じに落ち着くかもだし」
 そうなのだろうか。
 そんな風に落ち着けるのだろうか。
 落ち着くのが普通なのかもしれない。そうなればいい。
 サンジは無意識に胸の辺りを拳でキツク握りしめ、ゾロから目を逸らした。
 そうなればいいと思うのに、胸の奥がどこか息苦しくなるような感覚を覚えるのは何故だろう。
「自分のことは自分が一番見えないものって昔から良く言うけど、ホントそうだから質悪いわ。サンジくん見てると自分のことも反省しちゃうなぁ。ちょっと寂しかったからついゾロに嫌がらせしてきちゃったんだけど…ま、いっか」
 意味の分からないことを呟き、不思議そうな顔で見つめてくるサンジに小さく頭を振ってみせた。
「いいのいいの。気にしない、単に誤解を解かなかっただけだし。なんか解けなくても意味なさそうだし」
 そう言って、ナミはどこか含みのある笑みを広げた。
「あいつね、私にサンジくんのこと頼むって頭下げたのよ。笑っちゃうわよねー。そんなの私のやることじゃないのに」
「どんっだけでも頼まれてやって下さいっ!!」
「おことわり」
「そ…んな…辛辣なナミさんも素敵だ…」
 胸を押さえてよろめくサンジの姿に吹き出したビビを見て、ナミはにっこりと微笑んだ。
「そんな冗談言ってるから、聞き逃すのよね。分かるでしょ?」
「…今のはもの凄く分かりやすかったです」
 深く頷いたビビに、サンジが顔を上げる。
「今私が言ったこと、分かってる? サンジくん」
 絶対に分かっていないと分かるサンジに、ナミはけれど笑ったままゾロ達が集まっている場所を指さした。
「ま、いいわ。最後なんだし、こんな所にいたってしょうがないからゾロの所に行きましょ。お別れくらい、きちんと言ってもいいでしょ。あ、勿論サンジくんがよ」
 途端にサンジが一歩引いたのを、しかしナミは許さなかった。
 サンジの腕を掴み、動こうとしないサンジをビビも反対の腕を取って平然と、歩き出す。
「そうですよね、最後ですもんね。悩むのは後でいいんだから、今はMr.ブシドーにお別れ言わなくちゃ!」
 引きずられるような足取りのサンジに気付いたのか、ゾロの周囲にいた何人かが手招きをした。いつものメンバーがいるからこそ、行かないということができない状況に、サンジは歯がみしたいのをぐっと押さえ込んだ。
 ゾロの周りには、ルフィを筆頭にゼフまで揃って談笑している。その間をコック達が忙しそうに皿を持って通りすがりに話をしたりしている。
 ふと見れば、ゾロの後ろにはロビンがそっと立っていた。ペローナはデザートが置かれた位置に立って、近くにいたパティからあれこれと給仕を受けているようだった。
 なんだかゾロが本当に遠い。
 そう感じて、サンジは目眩のような何かに血の気が引く感じを無理矢理押さえつけた。こんなのは、きっとただの感傷なのだ。ちょっと色々あってナーバスになっているから、余計にそんな感覚を覚えてしまうだけなのだ。
 最後だ、お別れだ、とあまりにも皆が言うし唐突に送別会なんてものをするから、自分の混乱に拍車がかかっているだけなのだ。
 チラリとゾロを見れば、ゾロはこちらを見ることなく堂々と背後のロビンとゼフとで何かを話ししている。自分になど、まったく目を向けようともしていない。
 そういえば最後にあったあの早朝。ゾロがもう二度と顔を出さないようなことを言っていたのを思い出した。けれど、現実にはこうして顔を合わせ、あまつさえこれからちゃんと話をしようとしている。
 ゾロが自分の前からどんなに努めて顔を合わさないようにしようとも、こんな風に状況は変化していく。
 そんなものなのだ。
 何を言ってみても、傍にいれば…もしくは一緒にいるのが当然の間柄であれば、まったく合わないなんてこと有り得ない。それこそ、ゾロが遠くに行ってしまうとしても、何かあれば合う機会は沢山あるはずなのだ。
 ゾロは考えてもいないだろう。けれど中学生であり、これから進学するのが高校であれば、保護者が必要なことも沢山ある。ある程度はそれは行った先で便宜は図るだろうが、肝心なことは保護者である自分達がすることになるのは当然だ。
 やっぱりゾロは子供なのだ。
 例え図体ばかりが大きくなって、どんなにしっかりしてみえても…本人が言うように、未成年というくくりは抜くことができない、はずなのだ。
 ふっ、と鋭く息を吐きサンジは背筋を伸ばした。みっともない姿など、見せられない。
 自分はその保護者としては失格なのだろう。けれど、それでゾロに何か負担をかけるわけにはいかない。例え本来の保護者はゼフだとしても、自分にも自負がある。
 それこそ年上としての責任も威厳もあるのだ。苦難の道を進もうとしている前途あるゾロの為にも、無様な姿だけは見せるわけにはいかないと密かに気合いを入れた。
 近づけば、ゾロの手には大皿が一つ握られていた。どうやら、誰かが食べ物をあれこれと用意して持ってきてくれていたらしい。
 誰が取ってきたのか分からないが、雑多に盛られたそれは、あまり手がつけられていないようだった。
 しかし話の合間にゾロはまるで無意識のように、皿の上のものを一つフォークで突き刺すと口に持って行った。軽く口に入れて、少し驚いたように目を見開き、微かに料理が乗っているテーブルの方へと顔を廻らせた。
 その途中、恐ろしく久しぶりにサンジと目が合った。
 反射的に固まったサンジの脳裏に、声が響いた。
      惚れてる。
 力強く、けれど低くなりきれない凛とした響き。
 今その瞬間、耳元で告げられたかのようなはっりきとした声。
 ガツンと何かが胸の奥かどこかに突き刺さった感覚がはっきりとあった。
 一気に血流が倍増したのが分かる。本気で目眩がして、なのにサンジは倒れることもゾロから目を逸らすこともできず、息を止めて佇んでしまうしかできない。
 ナミとビビの二人に腕を引かれていたはずなのに、硬直した途端するりと手が離れた。
 真っ白になったサンジを余所に、ナミがゾロの隣へと行き同じように硬直してしまっていたゾロの腕へと手を絡めた。はっとしたようにナミへと視線を移したゾロに、ナミが笑っている。
 まるで遠くの出来事のように見ているサンジの前で、ビビがロビンとゾロを挟んで話始めていた。
 ゾロはナミに揺さぶられつつも、暫く口をもごもごとしつつ、手元の皿へと視線を落とした。そこに何があるのか確かめているような、そんな仕草だった。
「何を立ち尽くしているんだ? お前。邪魔だぞ」
 甲高い愛らしい声が背後から聞こえてきて、そこで初めてサンジは硬直が溶けた。
「え? あ、ごめん…って…ペローナちゃん…」
 ペローナは皿の上に綺麗に盛られたケーキの数々をご満悦の様子で両手に持って、不思議そうにサンジを見ていた。
「どうでもいいから、どいてくれ。ロビンにも持って行ってやるんだから」
「ああ、うん」
 パティ渾身のケーキは、本人の見かけとは相反して相変わらず繊細で美しい仕上がりだ。
 そんなことを確認しつつ、まるでつられるようにペローナの後について歩き出す。ほとんど無意識だった。多分誰の目にもぎこちなく歩いているのが分かったはずだが、誰もそれには突っ込んではこなかった。
「物凄く美味いぞ、これ。ロビンも食べろ」
 こういう言い方しかできないらしいが、女の子らしく美味しいものは分けあって食べたいのだろう。ニコニコと本当に嬉しそうなペローナに、ロビンも皿を見て軽く目を細めた。その仕草がどことなく優しげで、彼女にこんな一面もあるのだと伺わせた。
「あなたは恵まれていたのね」
「最初からそう言ってる」
「生い立ちだけを聞いたら、そうは思えないものよ」
「人がおれのことをどう考えるかなんぞ知ったことか。おれはおれに恥じるようなことをした覚えはないし、これからもねぇ」
 言い切る少年は、ゼフ達を前にまるで誓うかのようだった。
 けれどサンジには分かった。これはきっとゾロ自身が自分に誓っていることなのだ。
 こうやって、この少年は自分に沢山のことを背負って、走ってきたしこれからも走って行くのだ。
「そう…」
 不思議な響きの相槌だった。なんとなく、サンジがロビンを見てしまうくらいには。
 ロビンは何故かサンジを見ていた。
「コックさん…だったかしら」
「え?」
「そうこの剣士さんが呼んでいたからと思ったのだけど。私が呼んだら駄目かしら?」
「あ、いや、別に」
「そう、良かった。あなたもゾロの面倒をずっと見ていてくれたのでしょう? お礼を言うわ、とても逞しい子に育って」
 レディを前にあろうことか、あからさまにムッとしてしまった。
 はっと慌てて改めたが、その表情に気付いたのだろうロビンが謎めいた笑みを浮かべた。
「不愉快にさせてしまったかしら? ごめんなさい。そんなつもりはなかったの」
 どこか平坦に感じられる言葉に、どうしても戸惑ってしまう。
 パーティが始まる前、コウシロウに似たような言葉をもらった時にはこんな風にムッとすることはなかったのに、どうして彼女に言われると別の感情が湧くのか。
「いやぁ、こちらこそ…」
 なんと返せばいいか分からず、とりあえず言葉を濁して流す。それをやんわりとゾロが止めた。
「お前の言い方は含みがあるんだよ。言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「てめっ、レディに向かってなんて口を利きやがるっ!」
 反射的に足が出た。もうこれは条件反射だ。考える間も止める暇も欠片たりともなかった。
 鋭い蹴りを、しかし、ゾロは皿を持っていない方の手で思い切り肘を立てて受け止めた。
「あっぶねぇな!何しやがるっ」
 受け止められた足を勢い良くそのままの態勢を崩すことなく、再度振り上げ、真上から振り下ろす。
 仰け反るように避け寸前で踵落としを避け、半歩下がって態勢を整える。
「教育的指導だ!」
 怒鳴ってはっとした、実に数ヶ月ぶりのやとりとだった。
そこかしこから、またしもてパチパチと手を叩く音がする。これもパーティ前と同じだ。けれど今の方が見世物のような動きだったと言われたら、反論しようがない。
「コックさんも凄い反射神経ね。蹴りも凄そう」
 面白そうに言うロビンに、ゾロが頷いていた。
「実際凄い威力だぜ。この蹴りで飛んでったヤツ何人も見たし、筆頭はそこのルフィだ」
 ニシシシシと笑って近くにしゃがみ込んで料理を食い荒らしている少年が、邪気のない笑みでフォークを握った手を振り上げた。
「おう、サンジの蹴りはすげーぞ。大抵のものは蹴り飛ばしてしまうからな!」
 呆れた、といった風に肩を竦めたペローナは、もう足が飛んでこないと理解したらしいゾロの傍に寄り、皿を覗き込んだ。
「あの動きで中身は零れなかったか、よしよし。合格だが、お前まだ全然食べてないじゃないか。せっっかくこのわたしが取ってきてやった料理を!食え!この恩知らず!」
 ギャンギャン喚くペローナにもうんざりした表情を崩さず、ゾロは喰ってる、と面倒そうに答えた。
 またしても突っかかろうとしたサンジは、しかし次の言葉で動きを止めた。
「…この魚の揚げたヤツに酸っぱい餡がかかってるやつと、向こうにある煮染めを取ってきてくれ」
「それだけでいいのか?」
「ああ。後はこれを食べる。できれば、オレンジ色したスープもくれ。それでいい」
「なんだそれ。結局追加じゃないか。好物なのか?」
 追加したのが可笑しかったのか、笑ったペローナにゾロは苦笑しただけだった。
 ペローナは文句言いつつも、進んで面倒を見ているようで、どこか足取りも軽くまた料理の方へと歩いて行く。どっちかと言うと、自分が食べるよりも人に取ってきている方を楽しんでいるようだった。
 サンジはゾロが手にしている皿を見ていた。
 今ゾロが口にしたのは、自分が作った代物だ。ほとんど無意識に作ったそれらは和食が主で。作っている間、厨房のコック達に少し不思議そうな顔をされたものばかりだ。
 けれど、それはゾロが好んで食べていたものばかりだった。
 もう遠い記憶だけれど、まだゾロが幼い頃リクエストしたものだったことを、今頃になって思い出していた。
 ゾロは自分が作ったものだと気付いていたのだろうか。だからさっき、驚いたように振り返っていたのだろうか。
 多分そうだろうと、目を伏せた。これも遠い昔、自分が卒業制作で作った重箱を自分の物だと言ってくれたことがあったくらいだから。
「和食が好き?」
「…なんでも喰う。好き嫌いはねぇ」
「そう。いいことね。でも、今頼んだのは好物なんでしょう?」
「食べ納め…だな」
 ゆっくりと、ゾロはロビンを見つめた。そこに強い意志を漲らせて、ロビンは少し目を伏せた。どこか哀しげな風に見えたのは何故だろう。
「コックさん。今度レシピを教えてくれるかしら?」
 不意にこちらに話題を振られ、サンジは話が分からず戸惑ったように目を瞬かせた。
「よせ。必要ねぇ」
「いらないの?」
「意味が無い」
「………」
 ロビンは絶句したようだったが、随分と間をあけて小さく頷いた。「それもそうね。ごめんなさい」と小さく呟いたのに、ゾロは首を振る。
「単なる我が侭だ。気にするな」
 ぴくりとサンジが動いた。
 我が侭と。そうゾロが言うのが一瞬信じられなかったのだ。
「ニシシ、ゾロは我が侭だよなぁ、確かに。でも、おれはそんなゾロが気に入ってるんだ。強くなれよー、おれの為に!」
「バカね、ゾロはあんたの為に強くなるんじゃないのよ!」
「Mr,ブシドーはちゃーんと自分の為も含めて強くなりに行くんですから」
 笑い合う皆を余所に、サンジはゾロの我が侭が分からずにいた。
 今の会話のどこが我が侭だ? 
 レシピを取ろうと気を回したロビンに、ただいらないと突っぱねただけではないか。その突っぱねもどっちかというと、恩を徒で返していると思ったくらいなのに、我が侭になるのか。
 いや、いらないと言うのは我が侭なのだろうか。
 ゾロは我が侭を言わない。そう思っていたけれど、そうでもないのだろうか。そういえば本人はずっと自分は我が侭だったと言っていた。
 自分のやりたいことを通すことを、ゾロが我が侭と言っているのだとしたら、確かにゾロは自分のことだけは貫き通してきた。
 ということは、我が侭なのだろうか。なんだか、もう定義からして分からない。
「サンジくんってば、ほんっとおおおに、ゾロのことになると頭悪くなるのよねぇ。ここまで来ると、もう病気じゃないかしら」
 ボソリと自分の周りにいる人にだけ聞こえるように呟いたナミに、ビビが仕方なさそうに苦笑し、ルフィが面白そうに笑う。
「いいんじゃねぇか。だってサンジも我が侭だからな。サンジ自身の特徴を外すような納得できないことを見たくないんだろ」
 声が聞こえた全員が、マジマジとルフィを見つめた。
「…ああ! 成る程! そういうこと! 時々あんたって鋭いとこ突くわよね」
「ルフィさん凄い」
「分かってたつもりだったけど、まだまだ甘かったってことか。びっくりだわ」
 サンジは根本的に女性至上主義だ。
 それが正義だし、それが全てだ。
 そして、それ以外は『あり得ない』。
 サンジの大前提を思い出して、ナミとビビは深く納得した。それは確かにバカになるはずだ。分かってはいたけれど、その大前提がここまでサンジを追いつめている。
 どうやら自分達はサンジの女性至上主義というその感覚を舐めていたらしい。
 全てがそこから派生しているのだから、何もかも納得できないのだ。そして納得できないことは見えない。見れば自分が崩れるからだ。
 それを繰り返せば、今のサンジになるのだろう。
「じゃ、もうどうにもならないってことになるじゃない」
 憤慨したように言えば、ルフィがニッと笑った。
「なんとかなるって。ゾロもサンジも、根っこは強いからな」
 その笑顔に、ナミもビビも何故かロビンまでもが小さく吐息をついた。






2014.7.19




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