14.宅急便バレンタイン




 虎猫宅急便は、今日も迅速に貴方のお手元に荷物をお届けします!

 という当たり前だろう、と突っ込みたくなる宣伝文句を掲げた大手全国規模の宅配業者は今日も今日とて獅子奮迅の忙しさを誇っていた。
 特にイベントごとのある日の前後は凄まじく、各営業所がバイトを募集しまくっても追いつかないくらいだ。
 ロロノア・ゾロはバイト募集の手書きの広告を見て、仕分け作業員としてその会社へ応募した一人だった。仕送りなどないほぼ自活でやりくりしている大学生だったゾロは、夜の空き時間にできる仕事を探していたし、時間帯が丁度良かったからだ。
 そもそも体力には自信があったし、荷物運びや仕分けなら楽勝だろうと思っていたからだ。
 それが雇われてみたら、まず運転免許をもっていることに驚喜され、ついで無駄にある力と体力に絶賛され、さらに若いということもあって大歓迎されたのはいいのだが、配達に回されてしまい、大騒動になったことは記憶に新しい。
 おもちゃのような事務員が「あんぽんたんだった!」と叫んだ程に、ゾロは方向音痴だったのだ。
 色々と騒動はあったものの、とりあえず内勤に回されたゾロだったが、どうしても繁忙期には人手が足りない。
 事務局があれこれと色々手を回し、ゾロ用の個人ナビまで連絡用スマホに導入して、必ずこの指示通りに動くこと!と厳命されつつ、繁忙期は配達まですることになったゾロだった。
 それでも迷うものは迷う。
 右に行けと言われて素直に左に行くような男なので、それはもう仕方ないのかもしれないが、意外と時間厳守などという制約がつくと、意地で辿り付くような奇妙な所もあった。
 そんなゾロが2月も半ば近くになって、忙しいんです!と言われて配送に回されたのは必然で。
 夜の配達という方向音痴には二重苦にも近い条件の中、ゾロは虎猫便の車を走らせまくっていた。

 そのビルの一角にある店は、さすがにゾロも覚えた。
 何故なら、配送に回されてから毎日通った場所だったからだ。
 小さなビルは白くて女性が好みそうな外観で、無機質な周囲の高層ビルとは少し赴きが違っている。その差が良く分からないゾロだが、作りが違うことくらいは流石に分かる。
 裏口に回り、今日の分の段ボールを両肩に乗せて運ぶ。
 ここ連日配送の一番最後に、このビルの一階にある小さな店に荷物を運ぶのがゾロの日課になっていた。
「こんばんは、虎猫便です」
 裏口のインターホンでこう名乗るのも何度目か。
 初めて来た時には、暫く放置され、何回かインターホンを押しても返事がなかったので帰ろうとしたら、
「帰るなアホウ!」
 と蹴り飛ばされそうになったことは忘れられない。
 しかしどうやら相手は配送してきているのが、いつも来ているウソップだと思っていたらしく、別の人間と分かって少し慌てていた。
 少しだけだったのは、多分ふてぶてしい男なら別にどうでもいいやと思ったからだと今なら分かる。
 でも蹴り飛ばそうとして、それを荷物を落とさずに受け止めて流したゾロを相手はどうやらすぐに覚えたらしい。
 ぶつくさ言いながら荷物の受け取りハンコを押して、相手はお客と文句を必死に封じていたゾロに、その金髪の男はふてぶてしく笑ってドアを閉めた。
 それが出会いといえば出会いだろう。
 ほんの数日の流れとはいえ、毎日となると大体の様子は掴めてくる。
 訪れている店がバラティエと呼ばれるカフェで、いつも会うその金髪の男がその店の若き店主で、しかも時々テレビなどに出ているらしいことはウソップに聞いて知ったが、いつも忙しく立ち働いていることは分かる。
 荷物を夜中にしか受け取れないのも、日中は受け取れるだけの時間が取れないかららしい。
 しかも今時期となると、カフェは非常に繁盛するらしい。
 ゾロには良く分からないが、そういうものなのらしい。
 暫く待っていると、ドアの奥に気配が現れた。なんとなく微かに煙草の匂いまでしてきた気がして、ついゾロの口元が笑いそうになったが、それは扉が開く前に消え失せた。
 多分、自分の配達は今日で終わりだ。
 2月14日。
 この日指定までの荷物が凄まじかったのだ。
「おらよっと!」
 気怠げな声と共に扉が開き、一瞬眩しい室内の明かりにゾロは目を細めた。
 暗い場所からいきなり明るい室内の灯りは、片目のゾロには時折きつく感じるのだ。
 けれど、まるで光を後光のように背負う金髪の男の姿は悪くない感じがする。
 いつも疲れてはいるが生気に満ちたこの男に、1日の最後に会うというのは悪いものではない。そんな風に思っていることに、ゾロはすぐに気付いていた。
「かー、いつもながら味けねぇ物騒面晒しやがって」
「ほっとけ」
 肩にかついだ段ボールに積まれた荷物を、乱暴そうに見えて、その実丁寧に男の足元に置く。
 ほんのちょっと眉根を寄せて、男は壁に猫背気味の背をもたれさせた。
「あー…悪いんだけどよ…その荷物…中に運んでくれねぇ?」
「あ?」
 いつもなら、この裏口先でハンコもらって帰るだけだ。
 怪訝そうなゾロに気付いたのだろう、サンジと名乗ったこの男は、ちょっと困ったように段ボールを見下ろした。
「流石に今日は全力投球で疲れててな、これを中に運び入れるには骨が折れそうなんだよ。さっきまで、マジで客が切れなくて…」
 ゾロはマジマジとサンジを見つめ、仕方なさそうに肩を竦めた。
 確かに顔色が悪い。
 照明のせいだけでなく、少し窶れてさえいるようだった。
「いいけどよ」
 言いながらもゾロは荷物を軽々とまた両肩に担いだ。
 実はその荷物の重量を考えると、ちょっと空恐ろしい動きなのだが、多分見ているだけではそれを実感することはできないだろう。
「で、どこまで運ぶんだ?」
 素直に言う事を聞くゾロに、少しびっくりしていたらしい。サンジは一瞬動きを止め、ゾロを見るとはっとしたように身体を起こした。
「ああ、こっち…こっちだ」
 いそいそと先に立って店の中に案内する。
 ゾロは躊躇うこともなく、案内されるままに店内に足を踏み入れた。
 裏口なのだから当然店の方には行かない。
 厨房の裏の方を通り、もう人のいないガランとした水場を横目にゾロは控え室らしき所に通された。
「ここでいい」
 小さな室内はロッカーが数台とテーブルがあるだけの、まさに控え室といった風情の場所だった。小さな本棚があり、その上には小さなラジオがおいてあったが、飾りのようなものはそれくらいだ。
 言われるままにゾロは荷物をテーブルに置いた。
 ミシっとテーブルが鳴いたが、それはもう仕方ない。
「じゃ、ハンコくれ」
 送り状を差し出せば、サンジは少しだけ目を泳がせた。
「ハンコが…なんか従業員がどっかにやったみたいでよ…」
「あ? そうなのか? ならサインでいい」
「ペンが…」
「ほらよ」
 胸ポケットから取り出して差し出せば、なんとなくムッとした顔をされた。
 何故そんな顔をされるのか分からないまま、ん、と再度突き出せば、しぶしぶサンジはペンを受け取って送り状にサインを入れた。
 サインし慣れているのだろう、流れるように書くのをゾロはなんとなく感心して見てしまっていた。
 無言で差し出してくる送り状を受け取り、ゾロは用事は終わったとばかりに踵を返そうとしたが、呼び止められた気がして振り返った。
 そうしてこちらを見ているサンジと思い切り目が合った。
「………」
 二人して、言葉もなく見つめ合い、どうしたものかと思っていると、先に動いたのはサンジだった。
 ゴソゴソと段ボールを開き、中から色とりどりの包装された包みを引っぱり出し始める。
 それはどう見ても、贈り物の束だった。
 そうして、それがサンジへと贈られたこの日の為の代物だと、ゾロは漸く合点した。そうか、今日限定での荷物が異様に多かったのは、今日がバレンタインだったからか。
 テレビにまで出るサンジは、料理人として活躍していると聞いていた。
 だから、その店にまでこうやって贈ってくる人達がいるのだろう。
 一個も貰えない自分とはえらい差だと一瞬思いはしたが、まあ、そんなもんだろうと苦笑して、今度こそゾロは踵を返そうとした。
「…これな」
 その瞬間を狙ったように、サンジが声をかけてくる。
 なんとなく動きを止めたゾロに、サンジは穏やかに続ける。
「見も知らない人達がよ、おれの為にって…選んでくれて贈ってくれてるんだよな…」
 愛しい、と。
 その目が言っている気がして、ゾロはサンジから目が離せなくなった。
「レディはけなげで可愛いよな。手作りまである。…一生懸命作ってくれたんだろうなぁ」
 しみじみと言う姿に、ゾロは頷いて見せた。
 それしか出来なかったと言っても良い。
「良かったな」
「…おう」
 女性こそが至上!と歌い上げている男だ、さぞかしこの荷物の山は喜びの象徴なのだろう。
「けど、喰えない。おれは…これを食べるわけには行かないんだ」
 気怠く言うその言葉は、本当に辛そうでゾロは目を見張った。
「なんで? 喰えばいいじゃねぇか」
「アホ、こんな大量に一気に喰えるもんじゃねぇだろうが。それにな、おれは飲食店の店長なんだよ。…色々あるんだよ、制約が」
 そういう理由なら、ゾロには何も言えない。
 その制約がどういうものなのか、ゾロには分からないが、彼がそう言うなら何かしか大きな理由があるのだろう。
「送り返すのか?」
「アホ。無理に決まってるだろうが。…ちゃんと吟味してより分けて、一部は近くの保育園とか色んな所に配る」
 ふーん、としか言いようがないゾロに、サンジは苦笑した。
「お前、何歳だっけ?」
「おれ?21だな」
「…だよな、タメだもんな…」
 同じ21同志で、こうも立場が違うものかと一瞬ゾロは遠い目をしたくなったが、まあ物心ついた時から料理人としての修行をしていた人物とは、目指す物が違っても当たり前だろう。
 ゾロは2年程大学を休学していたので、もう暫く学生をする予定だが、もしそうでなくてもこの男とは違う道を歩いていることには違いない。
 こんな仕事でもしていない限り、すれ違うことすらなかっただろう。
「疲れてるんだろ、早く仕舞って寝ろよ」
 何がしたいのか分からないが、この男が異様に疲れていることだけは分かる。
 だから珍しく気遣う言葉を告げてみれば、サンジがまた少し驚いたような顔をしたのが見えた。
 なんとなくそれが面白くなかったが、ゾロは今度こそと軽く挨拶をしてみせ踵を返した。
 その背に、ボスと何かが当たって落ちる。
 軽いそれに、思わず足元を見ると小さな箱が落ちていた。
 包装もされていない、箱の蓋をこの店のものらしいテープで留めただけの代物だ。
 思わずそれを拾いあげ、ついで後を振り返れば、こちらを見ることすらせずに机に突っ伏した男がいる。
 腕と金髪に顔を埋め、ガンとして動かないと行動で示している。
「…おい」
 声をかけてみたが、やっぱり動く気配はない。
「…落としたぞ」
 わざわざ傍に行って箱をサンジの前に置いてやれば、小さな唸り声が聞こえた。
「んなわけあるか、クソアホが」
 それに思わず笑った。
「だよな」
 色とりどりの包装紙の群れの中に、こんなものは入っていないだろう。
 気合いの入れ方が違うというよりも、いれどころが違っている気がする。
「もらっていいのか?」
 無言しかかえってこない。
 ならば、きっといいのだろう。
「…配達はおれは今日で終わりだ」
「………」
「多分…次は3月くらいに駆り出されるはずだ」
「…………」
 ゾロは顔を上げない男の頭を一度だけ、サラリと撫でると笑った。
「またな」
 箱を片手に、今度こそゾロは踵を返して歩き出した。
 もう引き留める物は何も無かった。

 次の配送まで、一月。
 答えはその時までの、一時お預けとなったようである。



     
終了(15.2.14)




ブログに書き逃げした今年のバレンタイン。ほんとに一発書きだったので、あんまり考えずに書いたら、色々な方に拍手で「続きあるんですよね!」と言われて自分の首を絞めた話です…orz



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