遠くて近い現実
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 ズボンにランニング系のTシャツを着ただけのゾロが改めてダイニングに顔を出すと、恐ろしい早さで料理が大量にできている真っ最中だった。
 下ごしらえから一気に、といった雰囲気にゾロがなんとなく鬼気迫るものを感じて立ちつくしていると、ちょいちょいとリビングからウソップが手招きしている。コーザもこちらを見ているのに気付いて、できるだけ静かに二人の方へと足を進めた。
 なんとなく、今のサンジ達に触ってはいけない気がしたからだが、大正解だったらしい。
 傍に近寄ると、粗方の飾り付けを終えたらしいウソップがぐいっと腕を掴んで、台所からは見えないであろう位置へと引っ張り込んだ。
「いいか、ゾロ。暫くはおとなし〜くしとけよ。そんでもって、ソファにでも座って、お前がここにいるってことをきちんとサンジに見えるようにしておくよーに!」
 ビシッと指を突きつけて言い渡すウソップに、ゾロはどこか呆れたような目を向けた。
「んだ? そりゃ」
「いいから! お前が帰ってこないって、そりゃもうサンジが大荒れだったんだからな! めっちゃしずかーに、じみーに。ひたひたと迫り来る勢いの不機嫌だったんだぞ! なんでもっと早く帰ってこねぇ!」
「んな無茶な」
 あっさりと言い放ったゾロに、がっくりとウソップは肩を落とした。
「あのなぁ、ゾロ。何の用事かも言わねぇで、しかもゼフさんと一緒に学校行くとかいえば、そりゃ気になるだろうサンジだって」
 それは気付いていた、サンジにしては珍しくここ数日何が今日あるのかと、聞かれていた。いつもなら、ゾロが何しようと気にもしないし、何かすることを報告しようとしたら、適当に流しているのに。
 珍しいことをするのは、やはり、自分がらしくなくサンジに甘えたことを言ったせいだろう。
 しかも、その甘えがゼフを引っ張り出した。ゼフを煩わせたくないサンジにしてみれば、確かに気になるはずだった。
「…そういうつもりじゃなかったんだけどな…。ああ、悪かったな。ちゃんと後で話する」
 断言したゾロに、コーザが顔をだした。
「ってことは、ちゃんと話ができる状態になったってことか?」
「おう、ある程度というか、目処がついた。話しても、嘘にはもうならないだろうから、後でちゃんと報告する」
 しっかりとコーザを見返して言う。コーザは頷いて、軽くウソップの肩を叩いた。
「ゾロがそう言うなら、いいだろ。いい加減にしないと、雷が落ちるぞ」
 顎で台所の方を差す。恐る恐るといった風にウソップがそちらを見ると、じっとりと恨みがましい目つきが、こちらを睨み付けていた。
 肩越しに覗いた片目で、とても器用だがその分恐ろしい。
 いつもなら、からっと陽気なサンジだというのに、どうしてもゾロに関することになるとしつこい。というよりも、あの過保護な程の構いたてはなんなのだろう。
「…ほんと、お前のことになると…」
 思わず呟いたウソップに、ゾロは腕を組みながら不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。


 その後はゾロがウソップ達に言われた通りにソファにいたせいか、それとも道場の飯では足りずに腹が空いたとサンジに食べるものを催促したからか、サンジの手が止まることもなく、準備は粗方できあがった。
「できたぁ」
 本気で汗をぬぐったビビの隣で、難しい顔でケーキに最後の仕上げをしていたサンジが、ほっとしたように顔を上げた。ビビに優しい顔でねぎらいの声をかけていくのを、ゾロは黙って見ていた。
 どんな魔法を使ったのかと思える程に、サンジの動きは凄まじかった。あれぞ職人技なのか。ビビもとても良く動いていたのだが、その数倍はサンジの動きは速い。
「お、できたか! よかった、間に合ったなぁ! いつもより時間かかってたけど、そんなに大量に作ってたのか?」
 ほっとしたようにウソップが声をかければ、楽しげに笑ったビビの爽やかな声が響いた。
「ええ、本当に大量。それに、見て、今回はケーキが凄いの!」
 嬉しそうなビビに、サンジが反射的にメローンと躰をくねらせている。
「そーんなことないよー、ビビちゃんのアシストがいいからさぁあああ! って、お前等、見るな! 最初はナミさんだっ!」
 どれどれとケーキを見に行こうとした男共を、しっしっと片手で払いのけ、サンジはいそいそとケーキを冷蔵庫へとしまい込んだ。
 この家の冷蔵庫は、実は業務用の小型の代物だったりするのだが、ゾロは気付いていない。
 片付けは料理と同時に済んでいるし、今出来上がったと言われても、本当か? と疑いたくなるくらいだ。いつもそれを見ているウソップ達でさえそう思うくらいだから、ゾロにしてみればもはや魔法に近い。
 いつものことながら、感心していると、玄関のドアが開いて賑やかな声が上がった。
「サンジー! にーくーーーっ!!」
「バカね、まずは挨拶でしょう! こんにちはー、主役登場よv」
「んっっ、ナっミさぁあぁあああああああん」
 まさに躍り上がらんばかりに、サンジが駆け出す。弾む足取りは既にステップだ。玄関へと迎えに出るのを見れば、奥から白を基調としたミニスカート姿のナミが、エスコートされて現れる。
 サンジの頭一つ小さい姿が、そっと大事そうに寄り添われるとそれだけでとても絵になる。
 じっとゾロはそんな二人を見つめながら、自分が握り拳を作っていることに気付いて唖然とした。
 当たり前の情景を見て、何不必要な力を入れているのだろうか。この二人がお似合いなのは、分かっていることだというのに。
 その後ろを、ひょこひょこと現れたルフィが、ゾロを見て満面の笑顔を登らせた。
「おう、ゾロ!」
 その満面の笑顔に、自然と身体から力が抜ける。なんのてらいもないルフィの笑顔にむかって、ゾロも釣られたように笑って見せた。
 ちらりとそれを見たサンジが、微妙に顔を歪めたことに気付いたものはいない。
「さあ、ナミの誕生日を祝って、肉だーっ!」
 違うだろっ! という全員の盛大な突っ込みが上がって、怒濤のようなパーティというより、宴会が始まった。

 改めて部屋の内装に感激したナミは盛大にウソップに礼を言い、綺麗な料理の数々に舌鼓を打ちつつ、皆からのプレゼントとして贈られた高価なワインをとにかく上機嫌ですいすいと空けていた。
 サンジはとにかくナミを上回る上機嫌だった。
 ナミとビビの給仕に専念し、目をハートにしては飛び上がり、メロメロしつつも手早く料理の追加を絶やさない。煙草の煙すらハート形に飛ばすその器用さには、誰もが脱帽だ。
 ゾロも今日は何故か何くれとなく他のメンバーに絡まれて、いつも以上に賑やかな中に取り込まれていた。
 ウソップの腹踊りに付き合わされそうになったのはとりあえず回避したが、ルフィに絡みつかれたのは振りほどけなくてそのままだ。コーザが隣で大笑いしつつ、ビビに時々飲み物を注いでやっているのが妙に印象的だった。
 そのうち、誰が編集してきたのかもう分からなくなったCDの選曲に突っ込んでは大笑いし、ナミが持ち込んだカメラが持ち主そっちのけで大活躍して皆を遠慮なく写して回り、いつもと同じようでいて、賑やかさが倍増している宴は果てしなく続いた。
 簡単なゲームをすれば、罰ゲームがお約束。綺麗な内装なのを良いことにそれを背景にして、一番抜けの勝者に落書きされた顔で、指定ポーズのふざけまくった写真をドベ証拠として撮られたりして。全員笑い転げて、腹がよじれて死にそうなくらいになっていた。
 一騒動二騒動をこなし、わっはわっはと笑いまくっていれば、いつしか外は真っ暗闇。
 暗くなってから、サンジとビビ渾身のケーキが披露となった。
 ローソクは皆で一本ずつ差して年の数は無視。
 女性に年を証せるなんてそんなことさせるか! というだいたい年代がほぼ変わらない集まりに何の意味があるのか、といった状況を無視したサンジの主張が通されての結果だ。
 けれどそのローソクを挿すのすら勿体なくてためらうくらい、そのケーキは綺麗な代物だった。
 デコレーションは数種類のクリーム。絵画なんじゃないかと思える程、細かな細工の花と葉の模様が作られ、それらが二段ケーキを小さなお城のように形作っている。
 こればかりは、と最初にケーキは写真に撮りおかれた。
 ウソップの飾り立てた部屋で、綺麗なケーキにローソクの明かり。それはとても幻想的な姿を浮かび上がらせ、騒ぎ疲れた面々をとても感動させた。
 やはり感激したのだろう、ナミがぽつりと
「帰ってきて、凄く幸せだわ」
 と柔らかな声で告げたのが、今日を準備してきた皆の一番のお礼になったのは言うまでもなかった。
 ケーキを切り分ける時には、誰もが思わず唸った。切るのが勿体なくてたまらない。
 けれど、サンジはそんな皆をニヤリとみやり、あっさりと美しいケーキを切り分けた。
「…惜しんでもらえるなんて、料理人名利につきるぜ」
 とても嬉しそうにそう言うサンジは、やはり芯からコックなのだろう。
 切ってみれば、中のスポンジがこれまた綺麗な色つきで出てきた。下段はオレンジ色。上段はココア色。食べてみれば、それらが何なのかはすぐに分かった。オレンンジとチョコをベースにした柔らかなスポンジ。合間を紅茶の風味がするクリームが取り持ち、不思議な組み合わせなのに、恐ろしく見事に少し食べ疲れた舌を新鮮に彩ってくれた。
「なにこれ、美味しい! ほんとに美味しい!」
 見ても感動、食べても感動というこれも二段構えのケーキに、やや酔っぱらっているナミが絶賛して珍しく気安くサンジの頬に軽くキスした。
「しあわせーっ!!」
 勿論、サンジが鼻血を吹く勢いで昇天したのは言うまでもない。
「ああ、おれの女神! もうすっげぇ幸せだーっ! おれもう二度と顔洗わないっ! ナミっさーん! おれと幸せになろー!」
「やだそれ最低、顔は洗いなさいよ。あー、寝言は寝てからにしてね」
 あっさりと切り捨てて、美味しいケーキに舌鼓を打つナミは近くにいたビビと、美味しいわぁ、ともう何事もなかったかのように話を始めている。
 ニヘヘヘとにやけまくった顔で、この世の天国などと呟いているサンジは、もうメロメロで足腰が立っていない。
 その後ナミにうざがられても、サンジの表情はくるくると変化した。それはとても幸せそうで、見ているこちらまでもが微笑ましく思える程だった。確かにうっと惜しいきらいはあったが、それもまた愛嬌だろう。
 ナミの軽いキスに実は硬直していたゾロは、内心そっと溜息をついて手にしていたぬるいお茶を一気飲みした。
 幸せでたまらないというサンジの顔を見ていると、どこか寂しいような気がする自分に苦笑しか出ない。
 そんなつもりはないのに、やっぱり自分は貪欲だ。ああだこうだと言い訳しても、自分の気持ちは誤魔化せない。
 ああいう姿を、自分の為にしてくれたとしたら。
 …あり得ない。
 一瞬想像しかけて、あまりの無謀さにゾロは眉間を無意識に寄せた。
 あれは大好きなナミだからこそ、の姿だ。自分がサンジの頬にキスなんぞしようものなら、速攻蹴り沈められるだろう。
 それから大騒ぎで消毒だのなんだのと騒いで、また蹴られて。それなのにどこか小馬鹿にしたような、面白がるような、そんな顔でそれでも楽しそうには笑うだろう。子供の成長は早いな、なんて言いながら、ふざけたことするな、と怒る。そのくらいだろうか。
 そこまで考えて、また苦笑した。たらればに意味はない。それなのに、つい考えてしまう自分はただのバカだし、滑稽でしかない。
「ゾロ?」
 ケーキが来てから、ガツガツと美味い美味いとそっちに夢中になっていたルフィが首を傾げて見上げてきた。
 それに、少しだけ我に返ってゾロはルフィを見る。
 ルフィは一瞬サンジの方を見、それからニシシと全開で笑った。何故この場でその笑顔なのか、面食らったゾロにルフィが飛びついた。
 咄嗟に皿とフォークを握っていた手を上に伸ばして庇うと、ルフィはゾロの胸めがけて飛び込み大笑いをしながらゾロの頬をベロンと大きく一舐めした。
「うおわっっ!」
 体勢をどうにか保ったのは奇跡。けれどそれだけで手一杯になり、一舐めを阻止できずに大声を上げたゾロに、全員の注目が注がれる。
「クリーム、もーらいっ!」
 抱きつくというより、本当に絡みつく、といった状態のまま声高に宣言する。
「何してやがるっ! この猿!」
 焦ったようなサンジの声が響き、呆気に取られた全員の前で、ルフィが口を尖らせた。
「えー、サンジだってナミにキスされてたじゃんかー。いいじゃねぇの! ゾロのほっぺたクリームついてて美味そうだったんだから」
「んだその理屈は!」
 地団駄踏むように告げたサンジを無視して、ルフィはケロリとしている。
 そんなルフィを呆気に取られたまま見下ろしていたゾロは、次ぎの瞬間ぶはっ、と吹き出した。
「意味わかんね! 全然違うだろう」
 笑いながらそう言えば、ルフィは「違わねぇぞー」と言ってさらにきつく抱きついてくる。
 それに両手を上げたまま、ゾロは大笑いで躰をよじり足でルフィを引きはがそうともがく。それにまた笑って、ルフィがしがみついてくる。
 とうとうバランスを崩したゾロが倒れそうになるのを、慌てたウソップ達が取り囲み、ケーキを救出はしたが二人はもつれあって転がった。
 大笑いしながら転がる二人の攻防に、ほんのちょっと唖然としていた空気が釣られたように笑いに包まれた。
 何故かウソップが参戦して、三つ巴で転がりだしたら、ビビが巻き込まれ慌てたコーザもさらに巻き込まれて、団子状態でひしめきあってしまっている。
 参戦し損ねたサンジが硬直している横で、ナミが小さく嘆息した。
「ガキばっかり」
 どこか温かな囁きに、サンジがどこか頼りない表情でナミを見た。
「…どこまで分かってるのかしらね、ルフィって」
 不思議と落ち着いた顔で、ナミはそっと一度目を伏せた。そうやってから、サンジを見て、笑う。
 そうして優しくケーキを掬い、口に運ぶナミはとても幸せそうだ。
「ほんっと美味しい。サンジくん天才!」
「ナミさんの為だからね」
 これには速攻で答えがかえる。まるで用意してあったかのように。
「うん、正しい答えよね」
 ナミはうんうんと頷き、足下まで転がってきた団子組を避けるように足を上げてソファに乗せた。
「ちょっと、ケーキ食べられないじゃない、あっちいってあっち!」
 笑いながらそう言いつつ、また一口ケーキをほおばる。
「あ、ずりっ!」
 そっと残りのケーキに手を伸ばそうとしたルフィを、ウソップが発見して咄嗟にゾロとコーザがルフィを取り押さえる。
 もう一歩で手が届かなかったルフィの背にビビが飛び乗って、また笑いがこぼれた。
「ナーミー! たすけてーっ」
 恥も外聞もない情け無い声でルフィが助けを呼べば、
「いやよ、私のケーキ取るような人は…やっちまいな!」
 逆にけしかけられて、笑い声が部屋を満たす。
 唖然となったまま、ついていけていないサンジに騒ぎを避けるような仕草を見せてナミが躰を寄せた。
「私、分かったことが一つあるの。ウソップがこの部屋を飾り付けて、まったく違う部屋にしてくれたから、わかったんだけど」
「………」
「でも今は、私の誕生日だから言わない」
 ニッコリとどこか含みを含んでナミは笑った。
「私の誕生日が終わったら。問題はちゃっちゃと片付けましょう。落ち着かないのは嫌いなのよね」
 それをサンジは呆然とただ見続けた。








2011.7.13

ナミの誕生日は楽しく!美味しく(笑)



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