遠くて近い現実
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 コビーとはそのまま暫く話をしてから別れた。
 今日自分と会ったことは秘密にしていてくれないか、という勝手な願いを口にしたら、あっさりと了承を得た。
 最初からそのつもりだったと言われたら、返す言葉がなかった。
 感謝も込めて、ここはおごりだと言って会計で飲食の料金を持つと異様に恐縮されてしまった。大学生ぐらいだと、あんな反応になるのだろうか。
 そういえばゾロと外食をした記憶が殆どない。
 元々外食をする、という概念があんまり無かったからかもしれない。ジャンクフード系はサンジ自身が好きではなかったし、栄養面からも自分が作った方がいいと、わざとゾロから遠ざけていたところもある。
 サンジ自身外食をするとしたら、余所のレストランへの偵察兼見学くらいのつもりで行く事が多く、後は友人達との飲み会くらいしか記憶がない。
 デートはここ暫くした記憶もない。
 口寂しくて、歩きながら煙草を銜えた。
 目と鼻の先の道場へと、つい目を向けたのは今まで聞いていたコビーとの話のせいだった。
 行ってみればいい。
 そうは思うのに、足はどうしても道場へは向かない。そこに行く資格が、自分にはない気がした。ゾロのことを聞くのに、資格も何もあったものではないだろうが、どうしてもそんな気がするのだ。
『これからゾロさんは    
 サンジの脳裏にコビーの声がよみがえる。
『これからゾロさんは、きっと凄く狙い打ちにあって行くと思います。鷹の目がゾロさんを直々に招いた、ということが分かったら余計です。あれでも、鷹の目の元で指導を受けたいという人達は沢山いるんです。招かれて指導したことはあっても、誰も特別扱いはしなかったのか、羨ましがられてもそれまでで…』
 コビーの真剣な顔まで思い出すと、胸の底がざわめくのを止められない。
『でも、鷹の目が招いたとなると話は変わってくる。きっとどんなにゾロさんが猛練習してても、どんなに鷹の目に向かっていっても、妬み嫉みの的になる。それくらい鷹の目の名前の威力は凄いし、鷹の目に目をかけてもらってその程度か、とゾロさんを見る目は益々キツクなるはずです。現に、あんなに凄い練習をしているのを目の当たりにしていても、道場内ですら微妙な空気があるのは確かなんです。それでもそれを口にしないのは、やっぱりゾロさんの強さが際だっているからなんですけどね。立ち向かえないことは分かっていても、同じように練習していたら、どうしても何故って思ってしまうのは人間ですから…仕方ないことなんでしょうけど。ぼくなんて諦めちゃってるように見えるかもですけども、それでもやっぱりなんで…とつい思ってしまうことだってありますから』
 それらの感情を跳ね返して、さらにねじ伏せるくらいのことはやるのだろう。
『ゾロさんのこと、見てあげてください。…誰か見てあげていないと…どこに行くんだろうと、ちょっと怖くなるんです』
 その言葉に、ちゃんと頷くことができただろうか?
 思い出すことができない。
 自分がゾロを見ていくことを、してもいいのだろうか? その資格があるのだろうか?
 ただ分かっているのは、今まで以上にゾロの道は険しくなる、という事実だけだ。
 自分が家の中にいるゾロに満足を覚えている間に、ゾロはずっと自分の道に向かって戦っていた。多分、必死に。ひたむきに。
 気付いてやれなかったことが、やっぱりサンジには悔やまれる。

 道場を横目に、サンジは踵を返した。
 帰り際、コビーに今頃になってゾロの話を聞かせてくれと言ってきた自分に、どうしてこうも詳しく話しをしてくれたのかと聞いてみた。
 返ってきた答えは案の定、やはりルフィ達から話をしてやってくれと言われていたらしい。だがそれだけで、ここまで詳しく話しはしなかっただろう。そう突っ込んで聞くと、コビーは不思議と毅然とした顔でサンジに言った。
「あなたがサンジさんだったからです。ゾロさんはサンジさんを本当に大切にしてます。それだけは本当にぼくにだって分かるくらいです。ゾロさんがそう思う人の願いなら、なんとかしたいと思うのは当然じゃないですか」
 何があっているのかは、コビーは聞かなかった。
 今自分達がぎこちない関係になっているのには、気付いているのかもしれない。もしかしたらルフィから話を聞いたのかもしれない。
 けれど、そんなことは関係なく自分のできることならやりたい、といった気持ちは痛い程よく分かった。そんな風に思ってくれることに、どれだけ感謝を持ったか。
 なのに、何故かその感謝のうちにほんの少し苦い物が混ざってしまう。
 そのことをサンジはもう誤魔化すことができなくなっていた。
 何故なんだ? などとすり替えるように思っても、意味がない。どうしても、自分は人がゾロのことをとても親しげに、そして本当に親しく詳しく話しているのを目の当たりにすると、苦い思いを抱くのだ。
 …そう、不満に思うのだ。
 そのことに、本当にはっきりと気付いた。
 自分以外の人間が、ゾロを語ることに、サンジは良い感情を抱かないということだ。
 それはなんだ? と考えて、苦いものがこみ上げた。
 もしかしなくても、自分はゾロに対して独占欲のようなものを持っているのか。
 ゾロが傍にいないのは嫌なんだろう。そうルフィに指摘されて、サンジはそれだけは自覚した。傍にいたいと思うのは、自分がゾロを大事に思っていたからだ。あの可哀想な子供を守りたいと、そう思っていたからだ。
 …そうだ、と思っていたのに。
 ゾロは強いと皆が口を揃えて言う。それも理解していると思っていたのに、それすら"つもり"だったのだろうか。

 胸元から取り出した煙草に火をつけ、深々と吸い込んだ。
 ため息を紛らわせられる煙草が、こんなに有り難いと思ったことはない。
 コビーが語るゾロの話に嫉妬を覚える程、自分がゾロのことを考えていると改めて知った気分だ。
 なんだか忌々しい。なのに、それを捨て去ることはできない。
 ふっ、と紫煙を吹き飛ばし、サンジは軽く背中を丸めて歩き出した。
 とりあえず、一旦家に戻ろう。
 誰もいない家は、酷く寒々しいと最近になって改めて知った。もう少しすれば、どうせまた皆が集まってくるから賑やかになるのだろうが、今は静かなあそこに戻ることが、自分のやるべきことのような気がした。




 大きなため息を聞いた気がして、ゾロは顔を上げた。
 音を聞いた方を見れば、こちらに背を向けているゼフの姿が見える。ソファにどっしりと腰を落ち着けてはいるが、一時間くらい前に下から上がってきたばかりだ。
 風呂にだけは入ったはずだが、随分と背筋が伸びていてまだ緊張状態だということが分かる。
 ゾロが転がり込んだゼフのマンション。つまりバラティエのビルの上の階は基本は単身者用の作りのマンションだった。しかし一階に何室かのみ、2LDKという広い作りになっているのだという。ゼフはそこに住んでいた。
 だからこそ、ゾロが無茶を言って引っ越しても、なんら問題はなかったといえる。
 本宅から引っ越して早半年近く。
 けれど、ゾロがこのマンションの部屋にいる時間は酷く少ない。
 あまり喋らないゾロを、ゼフはまったく気にした様子もなく、いつものように淡々と日々の仕事をこなしているのはさすがだ。
 一応今までサンジと暮らしていた間にしていた掃除や買い出しなどは、変わらずやってはいるが、それすらやってもやらなくてもゼフは気にしないようだった。
 けれど無視をしているというのではない。好きにさせてくれているというスタンスだというのは、はっきりと分かる分ゾロには居心地が良かった。
 しかも、ここに来て初めて知ったのだが、ゼフは結構他のコック達に身の回りの世話を焼きまくられている。
 またゼフもそれを自然体で受け止めていて一切不自由していない。だからこそ、ゾロが何かしてもそんなものと思っているのかもしれない。思わぬ所でゼフの性格の一端が見えて面白い。
 考えてみれば、バラティエのコック達はなんだかんだ言って、皆酷く世話焼きだ。
 だからだろう、ゾロが一人増えたからといって、なんら問題はないといった風だった。
 またため息を聞いた気がして、ゾロは腰を上げた。
 今まで見ていたテキストから顔を上げれば、ゼフが珍しく小さく唸っている。
「…疲れたのか?」
 立ち上がって冷蔵庫に向かう。中には常備されているお茶がある。紅茶だそうだが、あんまりゾロには区別はつかない。
 適当にコップに注いでゼフに差し出すと、いらん、と手を振られた。なのでそれはそのまま自分が飲んでしまう。
 確かに緑茶とは違うのだろうが、飲めるものならどっちでもいい。
 もう寒くなっているというのに、半袖姿のゾロはゼフの元に立つと呆れたように見下ろした。
「あんまり根詰めると倒れるぞ、爺さん」
「うるせぇ、小僧に心配される程おちぶれちゃいねぇよ」
「…そうなんだろうな…」
 半ば呆れたように遠くを見つつそう答えると、ふん、と鼻で笑われた。
 ゼフの手元には、何枚もの紙の束が握られている。
 それが全部レシピなのだということは、ゾロにだって理解できた。なにせ色鮮やかな色鉛筆で料理の絵が描かれていたり、細かい文字がびっしり並んでいたりするからだ。
 そういえば、バラティエでは11月に入ればすぐにクリスマス前の前哨戦とも言える新作料理の品評会なるものがあったはずだ。
 どうやらそういう時期らしい。
 やはりサンジと一緒にいた頃よりも、ここにいるとパラティエの動きがよく分かる。
 今は食事も大抵はマンションで取るし、道場が終わってからやってくるビビ達家庭教師組のせいで、まったく余暇がない状態だ。
 しかもああ見えて、ビビは酷くスパルタだった。もう学校も決まっているし、テストもある程度の成績で盤石だからいい、と断っても聞く耳すらもってもらえない。
 それどころか、益々勉強熱が高まっている状態で、ゾロはついて行くのがやっとという有様だった。
 ウソップの方がかえって同情してくれているくらいだ。
 苦笑してゾロがコップを流しに置くと、バサリと紙を投げ出す音がした。
 見ればゼフは立ち上がり、大きめの背の低いグラスを取り出そうとしていた。飲む気らしい。
「ビビ達は今日は来ないのか?」
「……たまには休ませろ……」
 即答で返すと、ゼフが小さく吹き出した。連日のスパルタの様子を見ているわけではないだろうが、だいたい予測はついているのだろう。
 ビビは夕飯を受け取りに行く時にはどこのお嬢様かという風情なのに、いざ勉強に入った時の迫力は並じゃない。
 たまに迎えに来るコーザに聞いた所、一点集中型で歯止めが利かないんだと言われて、酷くげんなりとしたのは記憶に新しい。
 ただ教えるのは最初はたどたどしかったが、要点をつくやり方は上手いのだろうと思う。
 ヤマを張るのはどっちかというとウソップが上手いが、ビビは基礎から徹底的に教え込む正統派方式だ。
「中間は随分成績上がってるようじゃねぇか」
「あんだけやらされればな」
 先日の中間テストの成績表はきちんとゼフに見せた。一応バラティエの店の方にも持って行ったので、気が向けばサンジも見ただろう。
 流れるようにサンジのことを考えると、ゾロの口元に苦笑が浮かぶ。
 あれから殆どサンジには会っていない。会えないといった方が正しいだろう。
 あれだけ良くしてくれていたサンジの元を半ば裏切るように出てきたからには、生半可な感情で会うことはできない。それでも顔を合わせることもあるだろう、と覚悟を決めていたが、案外早くに会った時にはさすがに落ち込んだ。
 けれど全く会わないというのも難しい、もし会った時は普段通りに受け流すように心がけては来たが、上手くいっているのかどうか。既に自分では判断できない。
 サンジが言葉にせずとも、自分と会って話をしたいと思っていると、ビビ達には聞いている。けれど、きっとそれは仲間ゆえのビビ達の優しさが言わせた言葉だろう。
 ゼフの元に来て、足の怪我も随分良くなってから店で会ったあの時。
 サンジは酷く狼狽していた。呆然としていたとも言うのかもしれない。
 もしかしたら、二度と顔を見たくないと思っていたのかもしれない。それに見合うことは言った自覚があるし、やったことは更に酷いのだから当然だろう。
 ゼフはウィスキーの丸いボトルを取り出し、氷を入れたグラスに優しく注ぐ。
 金色の液体が緩やかな曲線を描くように氷の回りを流れ落ちるのを目にしながら、ゾロはその色に見とれた。サンジの色だった。
「お前は、あいつのことをどう思ってるんだ?」
 今まで一度たりとも聞いて来なかったことを不意に尋ねられ、ゾロはゼフを見上げた。
 ゼフは何気ない顔のまま、ゆっくりとウイスキーを傾けつつソファへと移動する。それを追いかけながら、ゾロは分からないように深呼吸を一つついた。
 サンジのことを尋ねているのだというのは理解った。
 本当なら、ここに来てすぐに聞かれるだろうと思っていたことだ。それが今まで伸びたのは、きっとタイミングもあっただろう。後はゼフなりの時間の取り方かもしれない。
 ゾロは覚悟を決めてゼフの前のソファに座った。
 時間をくれたことには感謝したい。それに、ゼフに誤魔化しや適当なことなどは言いたくもない。また、言ってはいけないことだ。例え、どんなにののしられたとしても、蹴り出される可能性もかなり高いが、嘘はつかない決意を新たにした。
 だからこそ、ゆっくりとウイスキーに口をつけるゼフをまっすぐに見つめ、正直に答えた。
「惚れてる」
 思い切り勢いよくゼフが噎せた。
 激しく咳き込むのに、急いで傍に寄って背中を軽く叩いてやる。口元を覆って躰を二つ折りに、ゼフは結構な時間噎せ返った。
 やばいか、と背中を撫でながら様子を見ていると、いつの間にか背が震えていることに気付いた。
 よくよく観察してみれば、咳き込むというより、これは笑っているような気がする。
「爺さん?」
 今度こそ、ゼフは爆笑した。
 それはもう、面白くてたまらないといったように身をよじり、ソファになついて笑い転げている。
 そんなに面白いことを言ったかと、呆気に取られてそんなゼフを見下ろしていると、ゼフは呼吸困難に陥ったかのように息を乱したまま、ようやく躰を起こして膝に手を突いた。
 しかし、そうしながらも、思い出したようにまた震えている。
「…こ、こんなに笑ったのは、な、な、何十年ぶりか…」
 本気で苦しそうだ。
 ゾロはどうしたものかと、半ば諦めたように天井を仰いだ。
「そうか…お前は、あのクソガキに…ほ、惚れ…惚れてるのか…っ…」
 ブフッと奇妙にくぐもった口調でいうゼフに、ゾロは軽く手を振った。
「我慢せずに笑っとけ。かえって苦しいぞ」
 生意気言うなといわんばかりに、ゼフの手が背中にかかるゾロの腕を軽く叩く。
 暫く息も絶え絶えに笑っていたゼフは、しかし顔を上げた時には、真面目な顔をしていた。
「あいつに同じ質問した時には、そんな答えはまるでなかったな」
「あるわけないだろ」
「それは自覚があるわけか」
 ゾロはしっかりと頷いた。
「ああ。あいつは、おれのことをただの面倒を見なければいけない子供だと思ってる。…それで十分だ」
 真面目に返すと、ふとゼフは苦笑するようにウイスキーのグラスを手に取った。
「十分なのか?」
「おう。…あんだけ良くしてもらって、感謝こそすれ不満なんかある方がおかしいだろう。よくおれをここまで面倒見れたもんだと感心する。おれなら絶対できねぇ」
 ゼフは大きくグラスを一口分あおると、ふう、と吐息をついた。
「だから惚れたのか? お前惚れるって意味が分かっているのか? あいつもお前も、男だぞ?」
「それは仕方ねぇ。惚れてると分かった時にはおれもびっくりしたけど、どうしようもないからな。まあ…惚れるって意味も、分かってると思うぜ。おれはあいつを押し倒したいと思うからな」
 またゼフは噎せた。だが、ゾロはそのまま続けた。
「面倒見てくれたから惚れたって言うなら、こんな気持ちになるわけねぇ。あいつは、あの人とは違う」
 誰のことを言っているのかは明確だ。ゼフは目線をゾロに向ける。
 思った以上に静かに、ゾロはゼフを見つめていた。
「爺さんには悪いと思ってる。惚れたことに謝る気はさらさらないんだが、あんたが大切に育てた息子に男のおれが惚れただのなんだの、そんなの正道じゃねぇ。だからまあ、悪いと思うのはそういう正道じゃねぇ方に進んだおれ自身のことだ。男だなんだってのをさっ引いても、まだ子供なおれが言うことじゃねぇんだろうというのも分かる。正気にだって取れないだろう。子供の他愛ない勘違い話だと思うならそう思ってくれてもいい。そうじゃねぇとおれは思ってるが、それはおれが思うことだからな。けど…あいつは普通だ。惚れてるとかは、おれだけの事情であって…おれの問題だ。あいつは関係ねぇ。それが証拠に、おれが一方的に言ったからといってどうなるわけでもない。どっちかといやぁ、悪い方向に行くだけだ」
 現に今、悪い方向に走っている。
 それが分かっているから、ゾロはしみじみと納得した口調で続けた。
「あいつは、あいつが言ってるように、可愛い奥さんもらってそのうち子供作って、そんで料理作っていくんだろうよ。それがあいつの一番の幸せってヤツだ。何度も聞かされたそこに、おれは入れない。つーか、入っちゃダメだろ。いくらおれが子供だからって、それくらいは分かる。あいつが言う幸せには、おれの存在はいらん。今はいい。けど、もう何年もしないうちに、おれは邪魔になる。邪魔になるだけならいいが、障害になったらもっと困る。それはおれの本意じゃねぇ。…こんなに良くしてもらって、恩を徒にして返すなんて冗談じゃねぇ」
 小さく首を振り、ゾロはゼフへと真剣に語った。
 せめてこの人には、自分のきちんとした気持ちを伝えておかなければ、これも義理がたたない気がするのだ。
「けど、あのまま一緒にいたら、そう思っててもおれはあいつを無茶苦茶にしたくなる。絶対なる。そんなのは御免だ。だから離れることにした。あいつの大切なものなら、おれも大切にしたい…できることなら」
 けれどゾロはまだ若く、そう思ってもそれを実行できるかどうか分からない。
 知らないうちに自分の欲に負けて、恐ろしいことをしでかそうとした自分を忘れていない。大丈夫だという自信は、あの飛び出した夜に完全に無くしている。
 自分を律することが、こんなに困難なことだと初めて知った。あの夜のことは、なにがあっても忘れたりなんかしないと、ゾロは誓っている。
「…あの時言ってたのは、そういうことだったのか? 小僧」
 ゼフはゾロがサンジに家を出る説明をしていたのを聞いている。そのことを指しているのだろうと、ゾロは頷いた。
「勢いで、あの時は好きだって言っちまったが、あいつのあれ以来の緊張っぷりを見てたら、どんな馬鹿でも答えは分かる。迷惑がられているのは知ってるが、もう少しだけ…せめて年が明けるまでは、悪いが辛抱してもらわねぇと。そうしたら、もう大丈夫だ。おれは行くからな」
 柔らかくゾロは笑った。どこか遠い所を見る目は、時折この少年が見せる代物だ。
 子供のくせに嫌に大人びたそれ。あまりにもアンバランスな故に、妙に馴染んで見えて、見ている人の胸を掻きむしりたくなるような笑いだ。
 もしかしたら自分でそんな笑みを浮かべていることを、知らないのだうろか。
 可能性が高いなと思いつつ、ゼフは大きくため息をついた。ゾロが夢から覚めたように、はっとゼフを見る。
「お前の言い分は分かった。お前があのどうしたらそんな風に思えるのかおれにはさっぱり分からねぇチビナスに、本気で惚れてるとかいうことも、お前が何もするつもりもないことも、な。…馬鹿だとは心底思うがな」
「他人事なら、おれも馬鹿だと思う      言うことがあるなら、全部聞くぜ?」
 覚悟を決めて、真正面からそう告げる。と、ゼフは本気で馬鹿にしたように鼻でせせら笑い、ウイスキーのグラスを傾けた。
「バカバカしい。そんなつまらねぇこと、誰がするか。時間の無駄だ。どうせ何言ったって、てめぇら二人は聞きやしねぇ」
 さすがに良く分かっている。否定も肯定もするつもりがない、とはっきり態度で告げるゼフを暫く眺め、ゾロは姿勢を正してゆっくりと頭を下げた。






2012.2.27




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