サンジの誕生会という名の大騒ぎは、なんとバラティエで行われた。
ちょうどバラティエの定休日と重なった誕生日に、これぞサンジの日! と言い放ったルフィがウソップとナミとゾロを巻き込み、ゼフに直談判を行い貸し切りをもぎ取ったのだ。
なんだかんだとサンジに関することは甘いゼフのことを、仲間は全員理解していたということらしい。理解していないのは当のサンジ本人だけというのも、暗黙の了解だ。
結局暇だったらしい厨房メンバーもやってきて、なんとゼフまでもが途中理由をつけて下りてきて様子を見たりして、結局大人数での大騒ぎに発展したのだ。
21歳のサンジの誕生日は、恐ろしく賑やかに、かつ派手に騒いで終わった。
どうも昨年の20歳の誕生日の時には、お祝いできなかったことをゼフ達は残念に思っていたのだろう。
そんな様子がありありと分かる、派手な誕生日だった。
後日、ゾロが自分の誕生日の騒ぎにも驚いたが、サンジの時にはもっと驚いたと笑って話していたのを厨房で耳にして、サンジが真っ赤になって潰れていたのはご愛敬だろう。
3月が終われば4月。
1日には、サンジ宅でウソップ嘘つきおめでとうフール生誕会があり。ゾロ曰く、年がら年中騒ぎまくってるんじゃないかと、大受けしていたのが記憶に新しい。
気付けば、ゾロはまた一つ進級していた。
「これ、おれの誕生会の時の写真な」
大学生のウソップがサンジの休みを狙ってやってきたのは、火曜日の昼前だった。
本日は休校だと笑って言うウソップを招き入れ、当たり前のように昼食を二人分作っているサンジに笑ってそんな声がかけられた。
肩越しにちらりと視線を投げれば、テーブルの上には綺麗に装丁されたアルバムが置かれている。
「相変わらずマメだなぁ。写真だけでいいっていつも言ってんのに」
「お前達に写真だけ渡しても、絶対どこかにやって終わりだろうが。二冊あるから、一冊はゾロにやってくれ」
呆れたように肩を竦めてみせ、サンジは器用にフライパンを振った。
食材が良い色合いと恐ろしく食欲をそそる匂いをまき散らして、見事に踊っている。それを感嘆して見つつ、ウソップはテーブルに肩肘をついて頬杖をついた。
「だいたいなぁ、ナミやビビまでも揃いも揃ってお前等は大雑把なんだ。バラで写真なんか渡したら、絶対そのままにするか数枚どこかにやってしまって、焼き回ししろとせっついてくるんだからよ。最初から形にしてやった方が、後々の手間が省けてかえっていいってもんだ」
「お二人の悪口を言うんじゃねぇ!」
「悪口じゃなくて、単なる事実! お前もあいつらに幻想みるのは、いい加減卒業しろ!」
なにおう! と険悪に振り返れば、それだけでウソップは姿勢を正し、「すみませんでしたっ!」と直角に頭を下げてテーブルに頭を打ち付けた。
それに爆笑してシンクへと躰を戻せば、あからさまなうなり声が後押しする。痛かったのだろう。
笑いの余韻を残しつつ、中断しかけそうになっていた作業を再開すれば、ウソップのお茶をすする音が響いた。
「二冊も悪いな。うちなら一冊でいいだろうに。だからマメだって言うんだよ」
「そんなことしたら、ゾロの分がねぇじゃねぇか」
笑い含みにサンジが言えば、不思議そうなウソップの声が間髪入れずにかえり、ふとサンジは手を止めた。
「あ? 家に一冊あれば、事足りるだろう?」
「ルフィにもナミにも一冊づつ渡してるんだぜ? ビビにもコーザにもだ。一人一冊なのは当然だろ? いつでも自分の分持ってなきゃな。意味ねえだろ」
まあ、確かにそれはそうなのだが、なんとなく腑に落ちない。微妙に首を傾げたのに気付いたのか、ウソップの大きなため息がサンジの背中に跳ね返った。
「なぁ、おれ達だって、いつまたばらけて動くかわからねぇだろう? ルフィなんて、時々はふらりといなくなるし。そんな時にも、あいつ絶対写真は持っていくって前に言ってたしな。だとしたら、ナミにも一つ持たせてないと、ナミの分がなくなるだろう。まあ、あいつは最初から要求しまくってたけどよ。そうやって、皆自分の分を持って動いてるんだ、ゾロだけナシって、そりゃおかしいだろうが」
それはゾロを完全に仲間として見ているからこそ出る言葉だ。
なんとなく嬉しく思いながら、けれどどこか理不尽さがぬぐえきれず無言を通したサンジに、ウソップが怪訝そうな声で呼ぶ。
「なぁ、サンジよぉ。お前ゾロのことなんだと思ってるんだ?」
「なんだって…何がだよ。ゾロはゾロだろうが。寝腐れの剣豪夢見るマリモちゃん、と」
よっとかけ声をかけて、フライパンを下ろして皿を手に取る。そんなサンジを眺めつつ、ウソップは大きく溜息をついた。
「今一わっかんねぇんだよなぁ、お前とゾロ」
「わかんなくていい」
「いいのかよ!? まあ、確かに余計なお世話っちゃぁ、そうなんだろうけどよ」
うーんと唸りながら、ウソップは立ち動くサンジを再度見上げた。
「この間のおれの誕生会の時、ゾロから聞いたけどよ、あいつ中三になったんだろ」
出来上がった料理を手早く盛りつけ、別鍋に作っておいたスープを注いで、即席プレートランチを完成させたサンジが両手にそれらを持ってテーブルにやってくる。
ウソップの前に一つを差し出し、礼を言ってウソップもそれを手に取った。
思わず美味そうだと、自然に顔がほころぶのをサンジが胸を反らしてふふん、と見る。
「ああ、それが?」
その姿勢のまま、なんでもないことのように肯定するサンジをウソップは不思議そうに見上げた。
「あいつ、どこ行くんだ? おれが聞いても、曖昧なんだよなぁ。なんとなく、それが不思議な気がしてさ」
「は?」
「でもお前、うちに一冊でいいとか今自然に言うしよ。てことは、やっぱり近場のとこ?」
「……何言ってんだ? 人間様の言葉使えるか? 鼻がなげぇと、言葉が違うのか?」
「失礼な事言うな! この上もなく、人様の言葉だろうが! お前の方がよっぽど酷ぇわっ!」
流れるような動きを止めることなく、手早くお茶を煎れなおしたサンジが空になりかかった湯飲みに茶を注ぎ足す。
それに反射的に礼を言い、ウソップは両手を合わせて挨拶すると勢い良く、サンジお手製ピラフにかぶりついた。
がふがふと食べながらも、ウソップはスプーンを揺り動かしてサンジを上目に見て続けた。
「だからよ、ゾロ進学するんだろ?」
「……………進学………? あ、あああ! ああ、そうか! あいつ今年受験か!」
「って今気付いたのかよ! おせぇよ!」
ビシッと突っ込んだウソップにも気付かず、サンジは思わずといった様子でカレンダーを見た。
進級したとそのことばかりを考えていたが、そういえばゾロは中三。世間でいう、高校受験の時期だ。今は中学受験の話を方をよく聞く為に、すっかり頭から抜け落ちていた。
「そうか、あいつの中学、エスカレーターとかいうお上品な学校じゃなかったな」
「……おれたちの母校に向かってよく言うよな」
一番近い中学といえば、結局自分たちが通った学校だということだ。小学校からの持ち上がりで、あの当時は大半が通っていたが、たった五年近くで状況は様変わりしているらしい。
「つーか、お前がそのことに今の今までまったく頭回ってなかったって方が、おれとしてはむちゃくちゃ驚きだ!」
「いや、なんかこう…」
言葉が続かず、サンジはどこかぼんやりとウソップを見た。
どうしてだろう、本当にまったくそんなことを考えなかった。学校関係はゼフが担当しているから…というには、ちょっとおかしい。基本、サンジがゾロの面倒を見ていたはずだ。
なのに、どうしてか、ゾロと一緒にいることは考えていたのに進学とか将来のこととか、そういう基本的なことがまったく目に入ってなかった。
「ゾロ、そのアタリのことはお前になにも話してないのか?」
「…ああ、全然まったく…」
ふと、脳裏に何かが過ぎった。
昨年から、時々不安に思っていたことがあったことが、次々に思い出される。あれは…あれはなんだった。
ゼフが作る弁当。少し多く感じたゾロの試合と合宿。1月に見た試合のDVD。それにつられて思い出すのは、年末の…あれは…。
「くいなちゃんがきた」
「はいぃ? サンジくーん?」
「いや、おれは会ってないんだけどよ、くいなちゃんが書類もってきて…いや、あれは合宿のか。でも何か考えろって伝言を残してたな。んで、あいつは…」
思い出せば、昨年末くらいから、ゾロは時々サンジに何かを話したそうにしていては、止めたことがあった。
まあ、まだいいか。そんな風にいって、言葉を止めたことが何度かあった。その時はまるきり気にもしていなかったが、今になってみれば、少し不安な思いがわき上がる。
「くいなちゃんて誰? お前、大丈夫か?」
「は?」
余程呆然とした顔をしていたのだろう、ウソップが心配そうに見ているのに気付いて、やっと我にかえった。
「あ、いや、思い返してみたけど、そんなこと話したこともなくてよ…まあ、あいつのことだから、進学のこととか、全然考えてねぇんじゃねぇのか? なにせ、竹刀振ってりゃそれでいいと思ってる節があるからなぁ」
慌てて言い募れば、どこか納得したようにウソップも頷いた。
「ああ、それはあるよなぁ! あいつどこまで剣道バカなんだかな。鍛えすぎだろう」
「いやいや、あいつのは珍しい流派らしいぜ。それで見せ物になってつまんなかったって、年末の試合のことぼやいてたし」
笑って言えば、ほっとしたようにウソップも笑った。
「なんだ、ちゃんと話してるんじゃねぇか。そんな珍しい流派なのか? 一度見てみたいなぁ。おれ剣道の試合とか見たことねぇよ」
「そういや…そうだな。おれもない」
断言したら、ウソップが妙な顔をした。それに併せてまたしても、記憶がうずく。
確か前に、ゾロにも試合が見たいと言ったら驚かれた。あれは純粋に、サンジが試合を見たいといったことに対してだったようだが、失礼な話だ。ゾロのことなら、見てみたいに決まっている。あの時も、ゾロは何か言っていた。
「見たことないって、ゾロはお前誘わななかったのか? 今までだって機会はあっただろう」
「誘ったことなんかなかったぜ、一度も。案外あれで、負ける姿とか見せたくなかったんじゃねぇの? すっげぇ負けず嫌いだし」
笑って言えば、確かにな、そこらアタリはお前と似てる、とそれにはウソップも激しく同意した。
食べていたものを喉を鳴らして呑み込み、ウソップはお茶で喉を潤した。
「にしてもよ、逆に言えば、負けたならそれは仕方ねえって認めそうじゃねぇか? それも潔くてあいつらしい気がするけどな。…ああ、そっか。お前達の仕事日曜祭日ないもんなぁ。そりゃゾロも試合来てくれとは言わねぇか。中・高生の試合って言ったら普通は日曜祭日だろう」
「そうだな。誘っても行けないことの方が多かったよな…だいたい、おれあいつの運動会にも行ったことねぇし」
「…………そうなのか?」
「おうよ、とうとう行き損ねた。去年なんか来なくていいって言い張るし。まあどっちにしろ仕事だったんだけどよ。今年は行くかなぁ」
「ゼフじいさんも行ったことねぇの?」
「だろ? 仕事してたぜ? だいたいあいつの参観日とか、そういうのもほっとんどは行ってねぇはずだぜ。面談とかは、抜けられないからジジイが行ってるけどよ」
ますますウソップが妙な顔をしたが、サンジは気にせずにスープを優雅とも言えそうな仕草で口にしていた。
「今更だけどよ、お前等大丈夫か?」
恐る恐るといったようにウソップが伺い見るのを、不思議そうにサンジが見返す。
そういえば、そんな風なことをナミやビビにも言われた。だが、何が問題があるというのだろう。
ゾロはずっと自分の傍にいる。まだまだ子供だ。しかも方向音痴は酷く、ゾロが通っている道場はこの家からなら通える。だとしたら、ゾロがここにいるのは当然だろう。
学校に行くより、道場の方に重点を置いているような気さえするゾロだ。
何よりも、ゾロが自分の傍にいないということがまったく想像もできない。
あれは……あいつは、自分が守っていくものだ。今度こそ。二度とゾロを傷つけさせない。
ストンと胸に落ちる答えに、無意識に頷いてサンジは口元にゆっくりと笑みをはいた。
「何を言ってるのか、よくわかんねぇが。大丈夫だよ。心配しすぎだ。ゾロはここにいるんだからよ」
「いや、今はそうだけどよ」
どこか納得しかねる様子で口ごもり、ウソップは大きく溜息をついた。
実際ウソップが心配することではないのかもしれない。サンジの満足そうな満ち足りたような笑みをみていると、それだけで大丈夫なような気もしてくる。
けれど、どうしてこうも不安を煽るのだろうか。
「お前がそういうなら…大丈夫なんだろうな。うん、よし。わかった」
ウソップは断ち切るように頷き、にっかりと笑ってみせた。
「どこに進学するのかとかは、ゾロに直接聞いてみるぜ。それによっては受験も様々だろう? 手伝えることがあったら、言ってくれればするしな」
「ああ、そうだな」
「今年はゾロとはあんまり遊べないかもなぁ…まあ、元々あんまりあいつは付き合い良くないけど」
「ガキだからなぁ」
「ガキガキ言うけどよ、あいつあんまりガキらしくないぜ?」
スプーンを横に振り、ウソップはほんの少し上を見上げた。
「態度も度胸もだけど、何よりよぉ。…ガキは、もうちょっとワガママ言うもんだ。あいつまったくワガママいわねぇもんなぁ。お前には言ってるのかもしれねぇけど。こっちはちょっと寂しいぜ」
カラカラと笑うウソップに、サンジがわずかに目を見開いた。どこかキョトンとした風にも見える表情は、幼くさえ見えてウソップは笑った。
そんなウソップに突っ込むこともぜす、サンジは目線を手元に落とした。
ワガママを言われた記憶はない。
わずかにぼんやりとしている間に、ウソップの話題は逸れて5月のルフィの誕生日の話になっている。
それにどこか気のない相槌をうちつつ、ひやりとしたものをサンジは背に感じ続けていた。
2010.9.24
|